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そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
02,27
 処方される薬が変わってからデスマスクの症状は発情期が始まった頃のように軽くなった。完全に薬が効くわけではなかったが副作用による熱っぽさや怠さの方が勝り、Ωとしての性欲は体内まで触れなくても癒されるまでに戻った。その事をシュラに伝えても、念のためと夜間は自室に鍵を掛け続けている。しばらくは大きな騒動も無く発情期が始まればシュラと過ごし、治れば聖域に戻る生活が繰り返された。

 シュラはデスマスクの症状が新しい薬で改善された事に安心したものの、彼が放つフェロモンの強さに変わりない事を気にかけていた。どうしても、毎回ではないが何者かの侵入を許し巨蟹宮の私室が荒らされてしまう。発情期のピークでデスマスクが部屋に籠っている間、シュラは何度か隠れ家から巨蟹宮に侵入するコスモを探ろうと試みていた。ハッキリとは感じ取れないが、どうも侵入者は1人だけではなさそうだ。Ωのフェロモンに…デスマスクに群がるαのことを想像しただけで気分が悪くなった。

 せめて黄金以外のαくらいどうにか対応できないだろうか…19歳の夏、一度αとの実力の差を調べてみたいと考えたシュラは脱走罪により処刑が決まったαの雑兵に対し、自らはβである事を告げ聖衣も脱いでから一つ提案した。
「今からお前の目の前まで歩いて行く。その間に3秒俺の動きを封じる事ができれば解放してやろう」
サガに相談する事もなく独断で行った。この雑兵の名前は知らない。同じ黒髪をしていて背丈もあった。顔立ちも悪くないだろう。立ち姿からαらしい恵まれたものを持っているのはわかる。しかし聖闘士にはなれなかった。
「どうした、お前たちαが得意とする睨みを使ってみろ」
いくらシュラがβとは言え黄金聖闘士である偉大さと威圧感が雑兵を圧倒してしまうのだろうか。ゆっくりと雑兵に向かって歩いて行くが、一向に立ち向かって来ようとはしない。こちらを見つめたまま岩のように固まっている。このままあっさり死を選ぶのか。
「やり方を知らないわけではあるまい。まさかそれでもう睨んでいるつもりか?」
左腕をゆっくり振り上げて見せた。もしここにフェロモンを放つΩがいれば少しは本気を見せてくれただろうか?…そんな事、デスマスクの協力を得てやるつもりなどもちろん無いが。
「せっかくαの性を授かったというのにな、β社会であれば頂点に立てたかもしれないがお前は俺すら止める事ができん。所詮はその程度のつまらんαだったのだ」
雑兵の目の前で立ち止まる。シュラとしては珍しく、どうでもいい感想を述べて少しの猶予を与えているつもりだった。
「賢いαだ、自分でもわかったのだろう?αの底辺で居続けるより、死を覚悟してでも抜け出そうとした勇気だけは認めてやりたいが…」
それも期待するだけ無駄か、と雑兵の首を見る。
「その勇気と底力を今、使わなかった事には失望しかないな」

 それからシュラはαの処刑がある度に同じ挑戦を繰り返した。成功する者などいないだろうと頭から考えて結局サガには相談しなかった。最初こそ気合いを入れて楽しみにしていたが、次第にわざと気を緩め、それでも手応えが何もなかったため遂には遊びのようなものへ変わっていった。
「聖闘士でないと話にならないのか…」
季節が秋になる頃、αの処刑があってもシュラは10秒足らずでその場から去るようになっていた。



「お前さぁ、カプリコーン様のアブナイ噂立ってんの知ってるか?」
11月、ある日の午後。発情期直前のデスマスクを連れ出すために十二宮の出入り口までシュラが来ると顔を見るなり尋ねられた。
「知っている。だがもう止めた。つまらんかったからな」
「え…マジ話?」
ひど…と呟かれるのを無視してデスマスクの手を握る。そんな事より早くテレポートしろという意味だ。
「おい、移動の主導権は俺にあるんだぞ!」
そう愚痴てから2人は静かな隠れ家まで移動した。

「お前ぼんやりしてる割にサドっぽいとは思っていたが死刑囚相手にそれを発揮するとはなぁ」
デスマスクが部屋へ向かう前に話を蒸し返す。
「噂話をそのまま信用するのか」
「やってたんだろ?自分で肯定したくせに」
「カプリコーンはαを妬んで残虐すると?」
シュラは呆れた顔をして居間のソファーに座った。
「俺はαたちの力を試していた。コスモとは別にα、βの関係で力の差は実際にどのようものかと。死を前にすれば底辺のαであろうと俺くらいのβと互角の力が出るのではと思ったのだがな」
「思ったより雑魚でムカついてなぶり殺したのか」
「お前、俺をそんな風に見てるのか」
シュラが仕事をする場面はたまに見掛けるが、その時は処刑場に入るなり左手でサクッと斬ってすぐ帰る。右手を使う気もないし早技と言えるくらいアッサリしたもので、なぶり殺しなんか趣味ではなさそうなのだが…。やりかねない雰囲気は持っているとデスマスクは思った。黙ったデスマスクを見てシュラが鼻で笑う。
「やってみろと煽っただけで、何も起きなければ今まで通り一振りで終了だ。そんな奴ら腕を振るうだけ無駄。一度たりと何も起きなかったしな。どうせβ黄金に良い気がしない底辺αが盛った話だろ。あいつらは高いステータスに満足して実力が伴わない。実際にαの能力すら使いこなせない現実を見せつけられて俺は聖域の脆さを実感した。あの程度のαは数を揃えても無駄だな。攻め込まれたら十二宮まで10秒持たないんじゃないか」
「…すげぇ、喋る…」
シュラからαの愚痴が溢れ出てきて思わずニヤけてしまった。そんなデスマスクの目をシュラがすっと微笑んで見つめる。
「聖闘士以外のαは俺たちにとって問題ではない。次は青銅と白銀も試してやる。俺の勘ではここも問題無いと思うがな」
「へ?おま…また聖闘士に手を…?」
シュラは優しい顔をしているのに瞳の中が真っ暗に見える。どこにデスマスクを映しているのかわからなくて少し声が震えてしまった。
「ククッ…殺すわけないだろ。闘技場でやり合ってみようと考えているだけだ」
顔を傾けたシュラの瞳に光が差した。それだけでデスマスクは小さく息を吐く。
「そいつらからコスモではなくαの力を引き出せるかどうかが問題だけどな」
「そんなん、Ω使えば一発じゃねぇの」
「使えるΩがいない」
声を張って返されてしまった。オレ…と喉から声が出そうになったがグッと飲み込んだ。簡単にそういう事を言えば機嫌を悪くしそうな雰囲気が出ている。
「まぁ、やりたいならやってみれば。お前の噂がデマで良かったぜ」
もういい、と手をヒラヒラさせてデスマスクは居間から出て行った。

 自室に入ってベッドで横になったデスマスクは下で動く足音を聞きながら改めて考えた。シュラがαに対して劣等感を抱いているのかわからない。α自体に興味は無いと言いはするが、心の底はわからない。ただ対抗心には満ちている。今でも"瞑想"とか言うのをしているのだろうか。漠然と、αに良いイメージを持っていないだろうなというのは数年前から感じる。それは自分がβだから…でないのなら何故だろう。
「……」
デスマスクは一つの可能性を考えて胸がキュッとなった。
「俺のせいか?」
本来βはβでまとまり、またαとΩの架け橋になれる。でもシュラは完全にΩ贔屓だと思う。
「…いや…」
Ω贔屓と言うのは嫌だ。
「俺だから、だろ…」
自分以外のΩも守るシュラなんか見たくない。それにシュラがやる事は全部俺のためだ。俺を守るために俺のことばかり考えているくらいだぞ。そんなことを思っていると、予定日より早く移動したというのに急に体が火照り始めた気がしてデスマスクは気休めに抑制剤を飲んだ。今日からまたしばらくシュラと2人きりだ…ほとんど別々の部屋で過ごすのだが、薬の効きが良い今は発情期の到来を嬉しく思うようになっていた。2人きりのこの小さな家は間もなくデスマスクのフェロモンで満たされるだろう。どれだけ溢れさせても、シュラには伝わらないが。伝わらないけど、多分きっとあいつは気付いている…。デスマスクがシュラの事を時々甘く想っていることは。フェロモンなんか使わなくとも何気ないフリをして静かに応えてくれている。だってここまで大事にされ続けたら、そうとしか思えない。……だろ?



 シュラは20歳になってもβのままだった。毎年検査も受けているがαに寄る数値は見られない。どちらかが死ぬまでこの生活のままかもな…そんな事を考え始めた頃。それはデスマスクも20歳を迎える少し前だった。デスマスクが発情期で聖域を不在にしていたある日、シュラが日帰りで聖域へ来るタイミングに合わせて教皇宮に黄金聖闘士が呼び出された。偽教皇は敢えてデスマスクを呼ばなかったのだろう。伝えられた内容は「今後の戦いに備え、Ωである蟹座にαの番を与えたい」はっきりとそう聞こえた。
「20歳にもなればΩの体は完成する。番を得れば発情期のコントロールも楽になるだろう。αから身を守る必要は無くなる」
教皇は仮面をシュラの方へ向けて続ける。
「βに負担を掛け続けるわけにもいかぬ。Ωのためにαを殱滅させられても困るからな」
今まで何も言われてこなかったが、噂はサガの元にも届いていたようだ。
「蟹座の発情期も安定したのだろう?一番身近で蟹座を見てきたお前はどう思う」
「…本人には、まだその気は無いようですが…」
突然問われたシュラは一瞬言葉に詰まってから正直な意見を述べた。間違ってはいない。
「今すぐにとは言わぬ。蟹座の扱いも難しいからな。しかしなるべく早い方が良いだろう。Ωとの番に興味のある者は今後蟹座に近付く事を認めるが、間違いだけは起こさぬように」
「……っ?!」
「ただ相性や好みはどうにもならないからな、誰も候補者がいないのであればこちらでどうにかする」
突然の宣言にシュラは少しの間立ち尽くしていた。仲間たちは教皇の退室を見届けてから静かに解散していく。
「そろそろお世話から解放されそうで良かったな」
アフロディーテから掛けられた言葉に「あぁ…」と小さく答え、やっと足が動いた。

「しかしデスマスクが番を持つことに納得するとは思えないが…サガは本気で恋愛させようとしているのか強行突破でどうにでもなると思っているのか…」
他の黄金聖闘士たちが去ってからシュラとアフロディーテはゆっくり教皇宮からの階段を下りていた。サガからデスマスクについて追加で何か相談でもあるかと思ったが特に無く、偽教皇はすぐに自室へ戻ったまま姿を現さなかった。
「ここまでΩを守ってきたというのに準備が整ったら無理矢理でも、だなんて。邪悪な方がしゃしゃり出てきたか」
「お前は…」
双魚宮が見えてきた頃、ふいにシュラが声を漏らした。
「…立候補する気、あるか?」
その問いに"ん?"と返されてから
「それが、彼の幸せになるのならば…」
と…思いの外、弱気な声が掠れて消えた。

 アフロディーテと別れ一人で磨羯宮へ向かう階段を下りるたび、シュラは何も考えられなかった状態から徐々に怒りが込み上げてくるのを感じ奥歯を強く噛み締めて耐えた。
デスマスクにその気があるのならいい…。
いや耐えられない!許せない!
デスマスクにとっての幸せがあるのなら本人を説得して…。
できない!望まぬ未来を押し付ける事など!離したくない、嫌だ、今更!αなんかに傷付けられるなど許せるはずがない!ならば…ならば?デスマスクはどうしたいと思う?どうしたいと言った?あの時…そう、あの夜…。暗く冷え込んだ静寂の中で…。あの時、俺は…デスマスクに、求められて…?俺は…
「シュラ!」
突然、後ろから呼ばれた瞬間にシュラの体は冷たい冷気で覆われた。
「何をする!やめんか!」
宝瓶宮を抜ける手前、振り返り左手を振ると主のカミュが右手をシュラに向けている。手加減された拳は遠くの柱に鋭い裂け目を残した。睨みつけるシュラに怯む事なくカミュは手をかざしたまま少しづつ距離を詰めていった。
「いきなり手を出して済まない。だがどうしても見過ごせなかったのだ」
「……」
カミュが放つ冷気は攻撃的なものではなく、癒しのコスモである事はすぐにわかった。
「俺がどうかしていると言うのか」
「…まるで日食のようにシュラの光を覆うものが見えた、気がしたが…」
目の前まで来たカミュはシュラの表情が落ち着いたものに変わっていくことを確認する。
「抜けていったようだな」
カミュの言葉が理解できなかったシュラは顔をしかめた。
「…もういい、この冷めたコスモを解いてくれ」
カミュの手が下ろされ夏の暑さを再び感じると、癒されるどころか余計に疲れた気分になる。
「このような事をさせて悪かったな」
一言告げて背を向けたシュラは踏み出す前にハッと振り返りカミュを見た。
「お前はΩに興味はあるか」
「…私は今、育成中の弟子がいるのだ。気持ち的にもΩとどうこう、という余裕は無い」
そうか、と呟いたシュラは今度こそ背を向けて磨羯宮へと下りて行った。

「…気にならないのか?」
自分自身の状態が…。
シュラよりも先に教皇宮を出ていたカミュはシベリアへ向かうため私室から出たところだった。宝瓶宮を通過していくシュラのコスモに異様な圧力を感じしばらく眺めていたが、次第にカミュをも弾き飛ばしそうな力の増長を感じ堪らず手を出してしまった。
「私がした事よりも自身の状態よりも、Ωを気に掛けるというのか」
デスマスクの世話をずっとしている事は知っているが、あのシュラが…。デスマスク相手に情が移るようには思えないが。やがて磨羯宮へシュラが到達したことを感じると、カミュは思い出したかのようにシベリアへ向けて駆け出して行った。

ーつづくー

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