2023 |
12,11 |
夏の真っ盛り、6月に初めて発情期を迎えてから数ヶ月。そろそろまた始まるかもしれないとシュラはデスマスクを保護する隠れ家の整備を急いでいた。サガは「この役目を任せた事を忘れたのか?」というくらい今まで通り、普通に討伐やら雑務やらの仕事をシュラに振ってきた。発情期が来たら自分こそ無駄に不在となるのだから、仕事を詰め込まれるのも仕方ないとは思う。しかし準備の多い最初くらいは少し気遣って欲しいと、そう思う事くらい良いだろと自分の中で愚痴た。"誰にも知られてはいけない"のだから全て自分でやらなくてはならない。早い段階でΩが過ごす部屋のイメージを固め磨羯宮にデスマスクも呼んで必要な物は確認済みだったが、準備を進めていくのはなかなか思うようにいかなかった。
隠れ家にやっと必要な荷物だけ運び終えて聖域へ戻って来たある日、磨羯宮に到着すると聖衣を着たデスマスクがちょうど上から下りて来るところだった。
「まだ体は大丈夫か?」
神殿の柱の横から顔を出して声を掛けると、デスマスクは私室に戻ろうとしていたシュラの近くまでわざとらしくヒールの音をカツカツ立ててやって来た。
「アレのことか?まだ良いんじゃねぇの。…てか、お前凄い汗だな。降られてきたのかよってくらい」
「直ぐに対応できるようにやっと小屋へ荷物だけ全部運び終えたんだ、今日はもう何もしたくない」
張り付くシャツを肌から引き剥がし「ほんと酷いな、流してくる」とシュラはデスマスクに手を振って私室への扉を開け、浴室に向かおうとした。
カツン、とヒールを鳴らす音がすぐ後ろで響く。振り向くとデスマスクが真後ろにいる。
「近っ…なんだ?寄っていくのか?」
汗が臭うかもとシュラは一歩下がったが、ぅ…と困った顔で言葉に詰まっている姿は彼らしくなく、嫌な予感がした。
「どうした」
汗ばんだ手で触れるのを躊躇ったが、スイッチを押す感覚で軽く聖衣の肩パーツにトンと触れる。
「…いや、お前、すげぇ汗だけど…何も匂わねぇな、って…」
「はぁ?」
突然何を言い出した?
「あー!何でもねぇよ!シャワー浴びてこい!じゃあな!」
そしていきなり声を張り上げてから勢い良く扉をバァン!と閉め、カツカツカツカツ…と走り去って行った。…まさかここで発情期が始まったのでは…という焦りは呆気なく散ったが、何なんだ…とモヤモヤが芽生えたままシュラは浴室へ向かい汗を流してスッキリした。
「まだ体は大丈夫か?」
神殿の柱の横から顔を出して声を掛けると、デスマスクは私室に戻ろうとしていたシュラの近くまでわざとらしくヒールの音をカツカツ立ててやって来た。
「アレのことか?まだ良いんじゃねぇの。…てか、お前凄い汗だな。降られてきたのかよってくらい」
「直ぐに対応できるようにやっと小屋へ荷物だけ全部運び終えたんだ、今日はもう何もしたくない」
張り付くシャツを肌から引き剥がし「ほんと酷いな、流してくる」とシュラはデスマスクに手を振って私室への扉を開け、浴室に向かおうとした。
カツン、とヒールを鳴らす音がすぐ後ろで響く。振り向くとデスマスクが真後ろにいる。
「近っ…なんだ?寄っていくのか?」
汗が臭うかもとシュラは一歩下がったが、ぅ…と困った顔で言葉に詰まっている姿は彼らしくなく、嫌な予感がした。
「どうした」
汗ばんだ手で触れるのを躊躇ったが、スイッチを押す感覚で軽く聖衣の肩パーツにトンと触れる。
「…いや、お前、すげぇ汗だけど…何も匂わねぇな、って…」
「はぁ?」
突然何を言い出した?
「あー!何でもねぇよ!シャワー浴びてこい!じゃあな!」
そしていきなり声を張り上げてから勢い良く扉をバァン!と閉め、カツカツカツカツ…と走り去って行った。…まさかここで発情期が始まったのでは…という焦りは呆気なく散ったが、何なんだ…とモヤモヤが芽生えたままシュラは浴室へ向かい汗を流してスッキリした。
翌日、運び終えただけの荷物を整理しに行くためシュラが寝室で着替えていると「今いいかな」とアフロディーテが磨羯宮を訪ねて来た。
「なかなか忙しそうだな、ちょっと話したいと思っていたけど会えなくてね」
「あぁ、今日ももう少し遅ければ出ているところだった」
居間のソファーに二人で机を挟んで座る。出せるお菓子もお茶も無かったので水だけグラスへ注いで机に置いた。
「デスマスクの事なのだが」
俯き気味でアフロディーテが口を開く。
「もしも私が彼に酷いことをしそうになったら、問答無用で止めてくれ」
それはαとして、Ωに対してという話。
「……まぁ、そのつもりでいるが」
アフロディーテのトーンに合わせてシュラも低めの声で返す。
わざわざ伝えに来るほど彼もαに悩まされていたのかとシュラは少し胸が苦しくなった。Ωになったデスマスクの悔しさはわかりやすいものだったが、αになったアフロディーテにも苦しみはあるだろう。全員αであれば何も変わらなかった。デスマスクがΩである故にアフロディーテから離れ、またアフロディーテもデスマスクを傷付けないよう距離を置くようになったはずだ。今更になってアフロディーテのデスマスクに向ける寂しげな微笑みの意味に気付き、だから俺はβ止まりなのかと自分の鈍さに呆れた。
しかしシュラの場合は鈍感とは違った。シュラの興味はΩのデスマスクだけで満たされてしまい、自分を含めそれ以外の事には目もくれてこなかっただけである。アフロディーテの事まで考える余地は無く、シュラ自身がそこまでデスマスクに執着しているという自覚ももちろん無かった。
「なかなか忙しそうだな、ちょっと話したいと思っていたけど会えなくてね」
「あぁ、今日ももう少し遅ければ出ているところだった」
居間のソファーに二人で机を挟んで座る。出せるお菓子もお茶も無かったので水だけグラスへ注いで机に置いた。
「デスマスクの事なのだが」
俯き気味でアフロディーテが口を開く。
「もしも私が彼に酷いことをしそうになったら、問答無用で止めてくれ」
それはαとして、Ωに対してという話。
「……まぁ、そのつもりでいるが」
アフロディーテのトーンに合わせてシュラも低めの声で返す。
わざわざ伝えに来るほど彼もαに悩まされていたのかとシュラは少し胸が苦しくなった。Ωになったデスマスクの悔しさはわかりやすいものだったが、αになったアフロディーテにも苦しみはあるだろう。全員αであれば何も変わらなかった。デスマスクがΩである故にアフロディーテから離れ、またアフロディーテもデスマスクを傷付けないよう距離を置くようになったはずだ。今更になってアフロディーテのデスマスクに向ける寂しげな微笑みの意味に気付き、だから俺はβ止まりなのかと自分の鈍さに呆れた。
しかしシュラの場合は鈍感とは違った。シュラの興味はΩのデスマスクだけで満たされてしまい、自分を含めそれ以外の事には目もくれてこなかっただけである。アフロディーテの事まで考える余地は無く、シュラ自身がそこまでデスマスクに執着しているという自覚ももちろん無かった。
「昨日、デスマスクに会った。二人だけで」
昨日であれば磨羯宮を通る前ということか。何か問題でもあったのだろうか。
「双魚宮を通り抜ける時、少し話すくらいなら良いだろうとデスマスクを呼び止めたのだ。彼も嫌な顔はしなかった」
他愛もない話で前と変わらず笑えたんだよ、と話す。
「別れ際、私はすんなり彼を行かせるつもりだったんだ…」
アフロディーテは瞼を閉じて項垂れる。
「行かせるつもりだった、何もする気なんてなかったのだ…」
違う違うと繰り返すアフロディーテに焦れったくなったシュラは「…何をしたんだ」と答えを急かす。
「デスマスクを、誘惑しようとしたよ」
少し顔を上げたアフロディーテがシュラを見据えて静かに告げる。そんなに口を開いていないはずなのに鋭い犬歯の先が目についた。
「あれがαのフェロモンなのだろうな、去ろうとしたデスマスクは直ぐに私の元へ戻って来た」
デスマスクもαの誘惑フェロモンを浴びるのは初めてで何が起きたのか理解できなかったのだろう。強気で放っていたコスモがどんどん萎えていくんだ…。そう語るアフロディーテの口元がニヤ、と笑っているように見える。
「幸い、彼は落ちなかった。私の目の前で何度も口をぱくぱくさせてから"やめてくれ"と言ってくれたんだ。その瞬間に私も目が覚めて誘惑を解いたよ、だからデスマスクに触れることはしていない」
「…そうか」
シュラの声が低く響く。
「デスマスクは私にとって兄のようであり友人だ。αとΩの異性となってもその関係を崩したくないと強く思っていた。それでも、呆気なく崩されてしまうのだよ…自らの意を反して。αとΩの本能というものは」
βの君には説明しても理解できない事かもしれないがね、と付け加えフフっと笑う。その様子を見てシュラは本当に怖いものだなと感じた。まさにαに抗うアフロディーテとαを剥き出しにするアフロディーテが秒刻みで入れ替わっているようだ。
「デスマスクは抗えない本能を理解してくれたが、辛い思いをさせてしまったと思う。そしてこの本能はこれだけに留まらずこれからも増していくような気がするのだ」
だから…
「君は何をしてでもデスマスクを守ってほしい。私だけでなく、サガやその他大勢のαたちから。…βの君にαの相手をさせるというのも酷な事とは思うがね」
できることならデスマスクを聖域から解放してやりたいくらいだ…そうアフロディーテはこぼした。
デスマスクが命をかけて獲得した黄金聖闘士の地位を捨てたくない気持ちもわかるが、聖域においてΩである事は彼をそれ以上に傷付けかねない。仲間たちがΩを求めてαの本能に抗えなくなる時、全てが敵になる。それはもう、聖域の破滅だ。
一通りアフロディーテの訴えを聞いたシュラは、そうだな、と呟きアフロディーテの顔を真っ直ぐ見た。
「…確かに俺はΩのフェロモンもαの本能も理解できない、デスマスクを聖域に残そうとするサガの思惑もわからないが、お前は今後デスマスクの心配をしなくていい。あいつの事は俺が全てどうにかする。あいつももう頼れるのは俺しかいない」
あと
「俺の心配もしなくていいからな。βだろうが黄金で最も体を鍛え上げた自信はある」
ハッキリと告げて爽やかに笑うシュラの顔を見たアフロディーテは、一緒顔を引き攣らせてからいつもの穏やかな微笑み顔を見せてくれた。
「ありがとう。頼むよ、これ以上の地獄を見るのは私も辛いのでね」
昨日であれば磨羯宮を通る前ということか。何か問題でもあったのだろうか。
「双魚宮を通り抜ける時、少し話すくらいなら良いだろうとデスマスクを呼び止めたのだ。彼も嫌な顔はしなかった」
他愛もない話で前と変わらず笑えたんだよ、と話す。
「別れ際、私はすんなり彼を行かせるつもりだったんだ…」
アフロディーテは瞼を閉じて項垂れる。
「行かせるつもりだった、何もする気なんてなかったのだ…」
違う違うと繰り返すアフロディーテに焦れったくなったシュラは「…何をしたんだ」と答えを急かす。
「デスマスクを、誘惑しようとしたよ」
少し顔を上げたアフロディーテがシュラを見据えて静かに告げる。そんなに口を開いていないはずなのに鋭い犬歯の先が目についた。
「あれがαのフェロモンなのだろうな、去ろうとしたデスマスクは直ぐに私の元へ戻って来た」
デスマスクもαの誘惑フェロモンを浴びるのは初めてで何が起きたのか理解できなかったのだろう。強気で放っていたコスモがどんどん萎えていくんだ…。そう語るアフロディーテの口元がニヤ、と笑っているように見える。
「幸い、彼は落ちなかった。私の目の前で何度も口をぱくぱくさせてから"やめてくれ"と言ってくれたんだ。その瞬間に私も目が覚めて誘惑を解いたよ、だからデスマスクに触れることはしていない」
「…そうか」
シュラの声が低く響く。
「デスマスクは私にとって兄のようであり友人だ。αとΩの異性となってもその関係を崩したくないと強く思っていた。それでも、呆気なく崩されてしまうのだよ…自らの意を反して。αとΩの本能というものは」
βの君には説明しても理解できない事かもしれないがね、と付け加えフフっと笑う。その様子を見てシュラは本当に怖いものだなと感じた。まさにαに抗うアフロディーテとαを剥き出しにするアフロディーテが秒刻みで入れ替わっているようだ。
「デスマスクは抗えない本能を理解してくれたが、辛い思いをさせてしまったと思う。そしてこの本能はこれだけに留まらずこれからも増していくような気がするのだ」
だから…
「君は何をしてでもデスマスクを守ってほしい。私だけでなく、サガやその他大勢のαたちから。…βの君にαの相手をさせるというのも酷な事とは思うがね」
できることならデスマスクを聖域から解放してやりたいくらいだ…そうアフロディーテはこぼした。
デスマスクが命をかけて獲得した黄金聖闘士の地位を捨てたくない気持ちもわかるが、聖域においてΩである事は彼をそれ以上に傷付けかねない。仲間たちがΩを求めてαの本能に抗えなくなる時、全てが敵になる。それはもう、聖域の破滅だ。
一通りアフロディーテの訴えを聞いたシュラは、そうだな、と呟きアフロディーテの顔を真っ直ぐ見た。
「…確かに俺はΩのフェロモンもαの本能も理解できない、デスマスクを聖域に残そうとするサガの思惑もわからないが、お前は今後デスマスクの心配をしなくていい。あいつの事は俺が全てどうにかする。あいつももう頼れるのは俺しかいない」
あと
「俺の心配もしなくていいからな。βだろうが黄金で最も体を鍛え上げた自信はある」
ハッキリと告げて爽やかに笑うシュラの顔を見たアフロディーテは、一緒顔を引き攣らせてからいつもの穏やかな微笑み顔を見せてくれた。
「ありがとう。頼むよ、これ以上の地獄を見るのは私も辛いのでね」
アフロディーテが帰り、グラスを片付けながらシュラは最後少し言い方が意地悪だったかもなと反省した。アフロディーテが悪いわけではないが、αの本能的な嫌味たらしさがデスマスクもよく言う嫌味と重なって苦手だなと感じた。だからハッキリ言ってスッキリしたかった。が、結果的には言い過ぎたかもとモヤモヤする羽目になっている。仕方ない、素のアフロディーテには可哀想だがαに対しては強気でいくべきだろう。それくらいしないとβは一睨みで潰されかねないのだ。
気持ちを切り替えて、ふと昨日のデスマスクの様子を思い出した。そうか、あいつはαのフェロモンを浴びていたから少し変になっていたのか…。デスマスクはシュラの側に寄って、あの時…匂いを嗅いだ?そう思い当たった瞬間シュラの体が少し火照った。
「まさか…」
いや、デスマスクはシュラがαに変異するのではないかと常に警戒している。αのフェロモンを知ったデスマスクがシュラからも感じられないか確認しただけだろう。それは理解できるのだが、デスマスクが自分の匂いを嗅ごうとして擦り寄って来たという行為を思い出すと体の奥がムズムズする。
「…いや、いやいや…」
αがΩのそういう行動を喜ぶのはわかるが、シュラはβだ。αの本能抜きで嬉しく思うのは何だ?αばかりの聖域にいるから体がバグでも起こしているのか?
「…本の読み過ぎか…」
好いた者同士のαとΩはお互いの匂いで安心感を得たりするらしい。βでは体験できそうもないロマンチックな関係に自分は憧れを抱いていたのかもしれない。だが、相手はあのデスマスクである。自分が面食いとは思わない、中身重視としてもあいつに時めく要素は無いだろう…。
アフロディーテの件から気持ちを切り替えたつもりが再び悩まされてしまい、考えることが面倒になったシュラは「こういうのもβである故か…」とハッキリした結論を導き出さないまま荷物の整理をしに隠れ家へ向かった。
気持ちを切り替えて、ふと昨日のデスマスクの様子を思い出した。そうか、あいつはαのフェロモンを浴びていたから少し変になっていたのか…。デスマスクはシュラの側に寄って、あの時…匂いを嗅いだ?そう思い当たった瞬間シュラの体が少し火照った。
「まさか…」
いや、デスマスクはシュラがαに変異するのではないかと常に警戒している。αのフェロモンを知ったデスマスクがシュラからも感じられないか確認しただけだろう。それは理解できるのだが、デスマスクが自分の匂いを嗅ごうとして擦り寄って来たという行為を思い出すと体の奥がムズムズする。
「…いや、いやいや…」
αがΩのそういう行動を喜ぶのはわかるが、シュラはβだ。αの本能抜きで嬉しく思うのは何だ?αばかりの聖域にいるから体がバグでも起こしているのか?
「…本の読み過ぎか…」
好いた者同士のαとΩはお互いの匂いで安心感を得たりするらしい。βでは体験できそうもないロマンチックな関係に自分は憧れを抱いていたのかもしれない。だが、相手はあのデスマスクである。自分が面食いとは思わない、中身重視としてもあいつに時めく要素は無いだろう…。
アフロディーテの件から気持ちを切り替えたつもりが再び悩まされてしまい、考えることが面倒になったシュラは「こういうのもβである故か…」とハッキリした結論を導き出さないまま荷物の整理をしに隠れ家へ向かった。
デスマスクが過ごす部屋に家具や家電を運び、組み立て、どう配置すれば快適になるだろうとか考え始めたら楽しくなって今日の労働は苦にならなかった。面倒なモヤモヤはすっかり晴れていた。良い部屋ができた、早くここに連れて来たい…。文句を言ってきたとしても口だけだろう。
明日にでも…発情期がくればいい…
そんな事、絶対に言えないがシュラは心の底で何度も考えた。自分が過ごす部屋に関してはベッドを置いただけで、何も進まなかった。
ーつづくー
明日にでも…発情期がくればいい…
そんな事、絶対に言えないがシュラは心の底で何度も考えた。自分が過ごす部屋に関してはベッドを置いただけで、何も進まなかった。
ーつづくー
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