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そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
04,11
 時の流れを早く感じるようになってきた。季節は秋。目の前に迫る冬を迎えればシュラはまた一つ歳を重ねる。外での仕事を終え、その日は私服でもあったため珍しく聖域まで歩いて戻って来たシュラは十二宮から離れた岩場で修行中の師弟を見かけた。聖戦に備え聖闘士の育成を急いでいるがそう容易くなれるものではない。αであればなれるという保証も無く、運命である。黄金でも育成を任されている者はいるが自分はそうならなかった。代わりにΩの世話を任されているこれもまた、運命だろう。
 不意に、白銀の若い女聖闘士がシュラに気付き軽く頭を下げた。その場にいる弟子は生意気そうな顔で真っ直ぐシュラを見つめる。コスモを理解していないのか、聖闘士の階級など頭に無いのか、まだまだ未熟な候補生がβに向けるのは開花する前のαの視線。
 ――大物か、ただの意気がりか――
 実力があれば近く聖闘士として再会するだろう。Ωを狙うのであれば仲間とは思えないがな。目を細めたシュラはニヤ、と笑い二人の前を通り過ぎて行った。

「天気が良いからゆっくり散歩か?健康運動?暇そうでいいな」
 シュラが十二宮の階段を上り始めてすぐ、天から声が降り注いだ。
「お前こそのんびり浮かんで付いてくるのは暇だからだろ」
 一緒に散歩でもしていたつもりか?と、空を見上げてデスマスクを探す。軽く跳んで風船の糸を掴むように黄金の足首を捕らえたシュラは、デスマスクをそのまま地面に引き下ろした。マントがハタハタと音を立てる。
「お前はストーカー癖があるのか?黙ってないで声を掛ければいいだろ」
「だって仲良くするなって言うし、加減がわかんねぇんだよ」
「それだけなら良いが俺の行動を監視するのはやめろ」
「エロ本見てないかとかな」
 その言葉を無視して再び階段を上り始めると後ろからカツカツと歩いて付いて来る音が聞こえてきた。
「なぁ、さっきお前が見てたガキどう思う?」
 黄金未満の他人事などほとんど興味を示さないデスマスクがそんなことを聞いてくるとは。
「まだまだだな。αの図太さは秘めているようだが」
「アイツらニッポンジンなんだってよ」
「そんなことよく知ってるな、珍しい」
「賢いオレっぴは極東アジアに興味あるんで」
 確かにデスマスクが隠れ家へ持ってくる本には東アジアへの旅行雑誌や戦史に加え"カンエイジテン"やら"コトワザシュウ"やらよくわからない物が混ざっている。蟹座の必殺技が中国の星占い由来のものである事が興味を持った切っ掛けらしい。ごちゃごちゃした"カンジ"がカッコイイと言っていた。実際に読めているのかは知らない。
「キリストってさ、実は処刑されてなくてニッポンまで行ったとかいう説があるんだぜ?」
「ふっ…そんなの布教するための作り話だろ」
「死んだと思われたアテナが実は生きていてニッポンに行った可能性、どう思う?」
急に声を低くして響かせる。
「なぜニッポンなんだ、他にも可能性はいくらでもあるだろ」
「俺ら西洋人から見て東の果てにある島国ニッポンは終点なんだよ」
ピンとこない顔をするシュラにデスマスクは続けた。
「そういう目の届かない場所で何かが着々と進んでたりするんだよなぁ。大陸とは繋がっていない。囲まれてもいない。資源は豊富。ニッポンってのは国そのものが巨大な空母みたいなもんだ。平和ボケに隠れながらこちらを監視するにはちょうど良い」
「聖戦前にアテナがはるばるニッポンから攻めて来るとでも?」
「生き延びたアテナが大人しく帰還してサガに協力するとは思えないだろ。さっきのガキが聖域に来た同じ頃、ニッポンのグラード財団から候補生が大量に送られて来た。もうほとんど死んだが十人ばかりは生き残っている。カミュの所にいるのもその一人だ。アテナが生きていれば11歳。距離なんか何の障害にもならないだろう。ニッポンのガキどもが聖闘士になるかならないか注視しておくに越したことは無い」
そこまで一気に喋るとデスマスクは不意にシュラの腕を引いて囁く。
「例えそれが青銅であろうとアテナは反則だ。コレが当たりなら、俺たちの運命に大きく関わってくるからな…」
シュラより一段下から上目に見上げて、どこか急かすような顔。時間が無い?サガが動くが先か、アテナが生きているとして動くが先か。どちらも自分たちにとって無傷ではいられなさそうな事案だ。だからと言って…。
「なぁ…俺さ、報告行ったらフリーなんだ。お前は?飯でも行かないか?怪しまれないようにすんならアフロも呼ぼうぜ」
真剣な話をしていたかと思えば、狙いはコレか…とシュラは体から力が抜けた。情に訴えかけてその気にさせるセコさ。素直にOKは出したくなくなる。
「…暇ではない、今日は書き物が多いんだ」
「せっかく俺が暇なのに、そんなん一人になってからやればいいだろ?寝るの我慢しろ」
「明日に響く。生活習慣は崩したくない」
そこまで言うとデスマスクはシュラから手を離し、口を曲げてふわんと浮かび上がった。今回は意外と諦めるのが早い。マントを靡かせスーっと宙を滑りあっという間に視界から消える。見えなくなってシュラは軽くため息を吐いた。少し残念な気持ちと、まだ間に合うという考え。このまま歩いて行けば教皇宮から戻って来るデスマスクと再びすれ違えるだろう。あいつが変なルートで戻らない限りは。いや…自分が巨蟹宮で待っていてやれば良いのか…。ちょうど私服を着ている。財布もある。わざわざ着替えに戻る必要はない。
「……ダサいな」
笑って一言呟き階段を上り始めたシュラは、巨蟹宮に着くと迷わず私室の方へ向かった。
 それから数十分後、教皇宮から戻って来たデスマスクは居間のソファーに座っているシュラを見るなり満足そうな笑顔を溢れさせる。こちらを見たシュラに「アフロは来れないってよ」と言い放ち、シュラのため息を聞きながら出掛ける準備を整えた。

ーーー

「あいつがいれば、美味い店じゃなくても良いとか思えるなんてなぁ…」
 シュラと食事に行った翌日、余韻に浸るデスマスクの頭の中は平和で穏やかだ。不味い店に当たった事はないが、近さで選んだ昨夜の店は特別美味いわけではなかったと思う。地元民で繁盛している町料理屋で、忙しさからとにかく盛り付けが雑だった。それが逆に可笑しくて「これは酷い」「もう少しセンターに寄せれるだろ」「量に対して皿のデカさが無駄過ぎる」などと二人でツッコミ続けたのが楽しかった。帰り道もケラケラ笑いながら「また行こうぜ」と溢したデスマスクに「またな」とサラッと言う姿が自然で格好良いと思ってしまう。"本気で待っちゃうぞ"と心の中で呟いた。

「はぁー…」
 偶然休暇が重なって二人で過ごすとか、発情期を理由に二人で過ごすとか、いつ死ぬかわからない聖闘士にとっては十分な幸せなんだろうと頭では思う。それでもやはり、結ばれたところでまた引き裂かれると知っていても、あの腕に抱かれたい…。
 巨蟹宮の寝室で以前シュラから貰った鍛錬着を片手にぼんやり横になる。なんとなく感じるかも、と思っていたシュラの匂いはもうすっかり無くなって自分の匂いに変わってしまったようだ。そろそろ次の物をねだっても良いかなと考えた。
「発情期来たら貰お…」
 本人が手に入ればそれだけで良いというのに、なぜ焦らすんだ。第二性が邪魔をし過ぎる。未来の暗い不毛な恋愛だからこそ今に全力を注げば良いと考えないのか?死んだら終わりなんだよ。普通は。…なんかあいつは死んでも終わってくれないとかグチグチ言っていたが。
 そんな鬱憤を晴らすように発情期以外では任務をこなし続け、巨蟹宮もかなり煩くなってきた。強力な力を持たぬただのαくらい、Ωだろうと自分なら簡単に殺せてしまう。シュラの言う通り自分にとっても問題になるのは黄金のαくらいだ。
「そろそろ準備するかぁ…」
 手にしていた鍛錬着に軽く口付けてからベッドに戻す。夜の任務に備え早めの夕食を摂りデスマスクは聖衣を纏って教皇宮へ向かった。まだ仕事に出ているのか磨羯宮にシュラは不在のようだった。

 教皇宮入り口の重い扉の前。夜でも誰かが守っているものだが、外も中も人気を感じない。
――俺に、話か――
 手は下ろしたまま扉を見つめ、念力で少しだけ開けて中へ滑り込む。嫌な感じはしない。いつもの雰囲気のまま教皇座にサガは座っていた。
「何か特別なお話でも?」
 サガの元へ向かいながらデスマスクから投げ掛けた。マスクから覗く髪色も清らかなサガを示す金色だ。根元まではわからないがコスモからして邪悪な方は息を潜めているだろう。
「今更な話にはなるが、20歳を過ぎたお前に番を持たせたいと考えている。シュラから聞いているだろう?」
「ええ、その気が無い事もご存知かと思いますが。番を持たせる理由はフェロモンの抑制だけですか」
「それ以外の理由があるのなら何だと思う」
「こちらが聞いているんですけど。…まぁ、俺にαの子ども産ませたいとか?」
 サガの前まで来て跪くこともなく仁王立ちで言えば、清らかなサガにしては珍しくバカにするような笑いが溢れた。
「そんな事…"私は"考えていない」
 ならば邪悪な方はどうなんだよ、と喉まで出たが下手に刺激するのは止めようと飲み込む。
「α嫌いは昔から変わらないようだな。それは私も体験してみて理解できるようになった」
「……αは自分がαであるからこそそんな事を呑気に言える。αになれなかった者を見下しているようにしか受け取れませんよ」
「見下す、か。お前はαこそ力の頂点であると思うか?お前にも記憶が残っているだろう?」
「何の」
「かつての、記憶だ」
 マスクの奥でサガが目を細めた気がした。唐突な話にデスマスクが黙っているとサガはゆっくりマスクを外して顔を晒す。根元まで金色の清らかなサガで正解だった。
「かつても、我々は仲間だった。証拠など無いが思い当たる節が多すぎるのだ。霊感の強いお前はわかっているものと期待したが」
「はぁ」
「聞いてくれるか」
 聞かせようとして人を払いデスマスクを招いたのだろう。それに精神不安定なこの男を適当に扱う方が厄介な事になるのは身を持って知っている。内容がどうであれ断るという選択肢が無い。
「……どうぞ、続けてください」
 サガの側から一歩下がり、顔は上げたまま跪くように腰を下ろした。

「私も全てを覚えているわけではないが、かつてはΩだったと思う」
 だからデスマスクに対しての扱いが手厚いものだったと言うのであれば、わからないでもない。
「好いたαがいた。世界中を戦火に巻き込んでいく大戦の中で私たちは自国を守り抜くために戦っていた。…とは言え、既に国は占領下にあり滅亡は免れなかったがな。希望を、王女の亡命を託したんだ。アイオロスに」
 サガからは聞きたくない名前が飛び出してデスマスクは気を張った。話をさせるのは不味かったか…
「亡命は成功した。もちろんその時私は戦地で死んだため成功も知らなかったが、こうして現代に生まれ変わり歴史を学んだ時知ったのだ」
「そうですか…」
「私はΩで、αを好いたにもかかわらず結ばれることは叶わなかった。亡命を提案したのは私だったが、少しは期待していたのだよ。彼が、もう滅亡の見えている国ではなく今、目の前にいる私を選んでくれないかと」
 サガのアイオロスに対する執着は昔から感じていた。そのくせ瓜二つな弟のアイオリアには何の興味も示さない。アイオロスでなければならないという執着。
「期待が外れた悲しみは自分が思う以上に深かった。それはαである今生の私をも蝕んで亡命の成功を素直に喜べない自分がいた。好いた者の幸せよりも、私と同じように願い叶わず死んでしまえば良かったのにと思えてしまう醜さ。お前もよく苛まれるだろう?愛に飢えて飢えてたまらない苦しみに。番を持たないと解消されないΩの苦しみ。それから解放されたいとは思わないのか?」
「…思いますが、だからこそ好きな相手としか番いたくない気持ちもわかるのでは…」
「番えない苦しみの方が重いと思うのだ。Ωの性なのだよ」
 それは貴方が失敗したから、とは口が裂けても言えない。アイオロスはサガに強い信頼を持っていたことは感じられたが、サガだけに限らなかった。デスマスクのように他に対して好き嫌いが露骨なタイプではない。シュラとも違う、シュラは人を選んでいるがアイオロスは誰に対しても土足で踏み込んで来るタイプなのだ。しかしサガはそんな彼と相性が良いと感じ惹かれたのだろう。問題なのはサガもアテナもアイオリアも、アイオロスにとって"一番"であったこと…。
「フェロモン抑制だけではなく俺を気遣っての提案でしたか。聖域の事を考え、聖闘士のケアも怠らない。さすが教皇」
「我々αも醜い姿ばかり見せたいわけではないのだ。かつてお前が副作用に耐えながらもαの抑制剤を使用していた覚えがある」
「…それは何のために」
「自分の事ではないためそこまではわからないが、お前はαだった。シュラ、アフロディーテと共に」
 全員αの世界、今で言えば理想だった世界に於いても自分は満足できずαの抑制剤を服用していたのか。"かつて"がいつの話かわからないが、現代に於いてもαの抑制剤はリスクが高い。昔ならば早死にしておかしくない…いや、早死にしたのか。おそらく。
「私含め全員、戦災などの孤児で出身地はバラバラであった。かつての祖国はそういった難民を数多く受け入れていたのだろう。危機に瀕した時、ほとんどの者がパルチザンとして立ち上がったのだ。そこにお前たちもいた」
「はっきりと覚えているものなんだな」
「ハハッ、二重人格で頭のおかしい男の作り話と思うならばそれでもいい。某国王女の亡命とソ連国境でのゲリラ戦、発情させたΩ兵を投入してのα隊殱滅作戦…。大戦の中ではマイナーな戦記ではあるが、戦史を好んで学ぶお前なら気付いているのではと思っていた」
「勉強不足ですみませんね。で、俺たちはどうなったかも知っているのですか?この聖域の行く末と重ねるのであれば重要過ぎる話ですよ」
デスマスクの問いにサガは瞼を伏せ少し考える素振りを見せた。
「最後はわからない。発情させられたΩ兵が押し寄せて来た時、Ωの私と抑制剤を服用していたお前だけはフェロモンに惑わされなかった。シュラを引き摺ってアフロディーテと共に退避していく姿が私の記憶に残るお前たちの最後だ」
「へぇ、戦わず敗走して死ぬとは俺として最悪なものだ。貴方もそこで死んだのですか」
「私とアイオロスで鍛え上げたα隊は呆気なく離散し、一人ではどうにもならなかったな。戦争は有能なαが前線に立ちやり合うもの、という各国のプライドが崩壊した。とにかく勝てば良い。特攻させられるΩ兵に飛び付くαたちを、βどもが後方から味方のΩごと撃ち殺していくのだ。地獄を見る戦地で最もおぞましい光景だったよ。βの狡猾さ、やがてはこいつらが生き残り、数を増やして世界を握っていくのかと思うとそれこそが世界の終わりのように思えた!」
――その地獄の光景が、邪悪なサガの欲望にも結び付いたと…――
「デスマスクよ、αを嫌うのもわかるがβはより恐ろしいぞ。こちらの様子を伺い大人しくしている裏で爪を研いでいる。一人では何の力も持たないが数が増えると厄介だ。現に過去の戦争に於いて尽力したαは数を減らし、また利用されたΩはより希少な存在となっている。だからこそ
「そうですか、βは駄目ですね。ところで教皇、少し休憩しませんか」
 話に熱が入り始めサガのコスモに歪みが感じられるようになってきた。話の半分は邪悪なサガの意見が混ざっていると思われる。この話は良くない。別の話題に切り替えたいが…
「デスマスクよ、我々のフェロモンが通用しないβは裏切る。Ωが満たされるのはαだけなのだ」
「お気遣いありがとうございます。番についてはまた考えておきますから」
 気付いてなのか無意識なのか、シュラの事を言われているようで気分が悪くなった。結局はβもΩも支配してやりたいだけなのだろう。一言言ってやりたいがサガを刺激したくない。それがストレスになる。
「休憩されないようであればそろそろ出発したいのですが。話はもう良いでしょうか」
 一歩後退るデスマスクを見て、サガは引き留めるように身を乗り出した。

「どうしても番の相手が見つからなければ、私を頼りなさい」
 声を張ったわけでもないのに、宮内を響き渡っていく言葉。
――これが、本題か――
「再びアイオロスを亡くした私はもう誰かを愛することは無いが、お前を大切にしてやる事はできる」
 ちょっとそれは流石に失礼なのではないか。シュラと番になれない自分も重なり、まるで傷を舐め合おうという提案を出してくるなど。しかも本気で心配して親切心からの申し出っぽいところが厄介すぎる。
「…お気遣いありがとうございます。でも俺は好きな相手が良いので時間をください。意外と身持ちが堅くて一途なんですよ。例え相手に裏切られても足首掴んで離さないような。そういうタイプの蟹座ですので」
 口早に告げ、一礼してから素早く退室した。つい嫌味を込めてしまったが大丈夫か?教皇宮を出た後に扉の前で立ち止まり、中の様子を伺う。少し淀んだコスモのまま、しかし邪悪さが増す様子もなくサガはゆっくり私室へ戻って行ったようだった。一気にどっと疲れが出て大きなため息が漏れる。

「お前、今から出発か?」
 突然正面から掛けられた声に勢い良く顔を上げると、聖衣を着た顔に汚れが残ったままのシュラがすぐ側に立っていた。その姿を見た途端、嬉しさと安心感が込み上げてきて顔面がデロンと溶けた気がする。シュラに近寄り肩へ腕を回した。
「報告なら明日にした方がいいぞ」
「何かあったのか」
「うん、まぁ、問題無ぇけど今は刺激を与えない方が良いな」
 そのまま不審がるシュラの背中を押して磨羯宮まで下りていく。デスマスクにとってシュラの登場は本当にタイミングが良く、胸に支える不安感が次第に和らいでいった。
「はぁ…お前タイミング良すぎだろ、わざとか?」
「偶然だ。お前が夜の仕事とは知っていたがとっくに出ているものと思っていた。それより本当に何もされていないな?」
 ――そんなに心配してくれるのなら、ちゃんと愛してくれって――
「ちょっと変な話聞かされただけで、手は出されてねぇよ」
「そうか」
 付かず離れず並んで歩き、磨羯宮に着くと私室への扉の前でシュラが足を止めた。それに合わせてデスマスクも立ち止まり、辺りが静まり返る。「じゃあな」と別れて進めば良いものを、なんだか離れがたい。女々しいのは嫌いだがそう思ってしまう。自分が思っている以上に不安が解消されてないというのか。気持ちを整えデスマスクが足を踏み出す前に、シュラの聖衣がカツンと響いた。
「下まで付き合おう。どうせ俺はもう食べて寝るだけだからな」
笑いながらそう言って今度はシュラがデスマスクの背中を押す。ハハっと軽く笑い返したデスマスクはシュラの顔を見て、目の下に残っている汚れを指で拭った。
「ここ汚れてっから寝る前にちゃんと洗えよ」
「あぁ…今日は雨上がりの場所でぬかるみまくっていたんだ」
「地を蹴らないと飛べない山羊は大変だな」
 他愛のない話を繰り返して心にシュラを補充する。十二宮の入り口に着く頃にはいつものデスマスクに戻れるだろう。貰った鍛錬着ではこうなれない。やはりシュラ本人が良い。なぜαにならなかったのか。なぜαになってくれない?諦めきれず何百回と思ってもどうしようもない事。愛に飢えようがシュラに捨てられようがサガの元へは行かない。シュラ以外の誰の元へも行かない。それを、自身が持つ力で証明してやる。
 別れ際、シュラはよくニヤりと笑う。昔は嫌だったがもう気にならなくなった。肉をよく食べるからか?今日も何だかβにしては鋭い歯が目につく。
ーーいつか…死ぬ時でもいい。ソレで、俺を、噛んでみて…くれないかな…ーー
 僅かにフェロモンを溢して、デスマスクは聖域から消えた。

ーつづくー

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