忍者ブログ

そこはかとなく

そこはかとない記録
2023
12,08
 この世には肉体による男女の性別のほかにαβΩという第二の性が存在していた。生まれた時には血液型と同じく正確な判定が出ないことが多いため、国や人種によって差はあるが公的機関で検査をする場合は12歳を過ぎて行う事が多い。第二の性を無視する国もあったが聖域はとても狭い特別地区であり、Ω争奪戦によるα同士のくだらない内部崩壊の可能性を考えると第二の性については無視しきれなかった。とは言え選ばれし聖闘士となる者の98%以上は体格、才能共に最も恵まれるとされるα判定を受ける。聖闘士でβ判定が出る者は少数いるがΩ判定が出た報告はここ数十年無い。せいぜい雑務をこなす聖域関係者くらいだ。世界的にみてもΩの出現は希少であり、それ故にΩを求めてα同士が起こす事件が一般世間では度々報じられていた。検査は「念のため」程度のもので全員がαであることを確認するだけだと思っていた。それが黄金聖闘士であればα以外考えられないというほどに。今年12歳を迎えたアフロディーテと13歳になっていたシュラ、デスマスクの検索結果が今日報告される。

 教皇宮の中にある、現在はサガが使用している私室に三人は黄金聖衣を着用せず軽装で集まっていた。
「これは酷い誤判定だな」
デスマスクは自分の検査結果に目を通したあと紙を折り畳み、右側に立つシュラの検査結果を覗き込んでそう呟いた。
「何?シュラはαではなかったのか?」
二人の様子を見てアフロディーテが訪ねた。
「βだってよ、黄金聖闘士のくせに?」
と言いながらデスマスクはシュラの上腕を掴んで揉む。武闘派の黄金聖闘士として何の文句もない体つきは本人の努力ももちろんあるが、聖闘士になる宿命だとかα性による優遇も含めて存在しているものだと思っていた。それはシュラに限らず聖闘士に選ばれる者全てがそうであると思っていた。
「まだ検査が早かったのか?私のα判定も不安だな…」
シュラの結果を聞いたアフロディーテが呟くと、静かに見ていた清らかなサガが口を開いた。
「今回の結果は私も気になっている。シュラのβだけならばそういう事もあるかもしれないが…」
不意に紙がクシャっと潰れる音が響いた。
「デスマスクのΩ判定もとなると黄金では前例が無く、聖戦へ向けての準備や対策も変えていかなくてはならない」
「Ω…?」
シュラとアフロディーテが視線を隣のデスマスクへ向けると、彼は黙って床を見つめ検査結果の紙を握り潰していた。

 「15歳になっても兆候が無ければ全員もう一度検査をしてみよう、もし体に異変を感じたら医師を呼ぶので直ぐに知らせてくれ」
サガにそう提案され教皇宮から出た帰り道もデスマスクは黙っていた。
三人は聖域で出会ってから五年ほどの付き合いになる。普段はふてぶてしく憎たらしい物言いをするデスマスクが、意外と傷付きやすく繊細な男である事はシュラもアフロディーテも気付いていた。何かあればすぐに聖域から姿をくらまし、誰も辿り着けない黄泉比良坂の地で一人過ごしている。文句を垂れたり笑い飛ばさない時のデスマスクは厄介である。適当にニヤニヤしてくれている方がいくら腹立たしい事を吐いてこようが付き合い方は楽だった。
特にシュラは言葉を選んで話す事が苦手であったため、普段からデスマスクに対して自分から話し掛けることは少なかった。何がこの男の地雷になるかわからなかったし、表向きはカラッとしているようでどこか陰湿な雰囲気も感じていたため根に持たれるのも嫌だと考えていた。だから、双魚宮に着くまでアフロディーテは何か喋りたそうにしていたが結局3人とも無言のまま歩いて来た。

 「休憩していくか?」
双魚宮に着くなり、この時を待っていた!という勢いでアフロディーテが声を上げた。デスマスクとシュラは立ち止まり、シュラはデスマスクを見た。彼は少し俯いたままで、手にしている検索結果の紙は小さく握り潰され丸いボールになっている。シュラはなぜか無性にそれが面白く思えてつい声をかけた。
「お前それ落とすなよ、拾った奴が可哀想だからな」
「うるせぇ」
「何なら俺が限界まで刻んでやろうか?」
善意で言ったつもりだったがデスマスクの気に障ったらしく無言で一発殴りかかられた…のを避けた。この、どこか噛み合わない感じが2人の関係に一定の距離感を与えている。一撃を避けたのがまた悪かったのだろう、空振りした腕をゆっくり戻してデスマスクはそのまま帰ろうと歩き出してしまった。
「シュラァ〜!」
アフロディーテに何してるんだ!という顔で怒られる。彼は3人で話がしたいのだ。シュラは口を曲げてから軽く走ってデスマスクを捕まえた。
「すまん、アフロに付き合ってくれ」
返事も返さないしこちらを見ようとはしなかったが、掴んだ腕を引っ張ればついてくるのでそのまま双魚宮の私室にデスマスクを連れ込んだ。

 αは優秀、βは凡人、Ωは生産機、だなんて誰が言い出した事か。
「俺はβのままかもしれないが、お前は誤判定だろう」
「そうさ、デスはαの最上位である黄金聖闘士になっているのだぞ」
双魚宮の居間にある丸い机を囲んでソファーに座った三人は、お菓子を食べながら第二の性に対する文句を繰り返していた。
「なぁ、いつまでもソレ握ってないで机にでも置け」
シュラはデスマスクの手のひらを開かせて小さく潰された検査結果の紙を机に置く。
「お前が落とすなっつったんだろ」
「ここなら問題無いだろ?また帰る時に握り締めていけ」
その言葉を無視してデスマスクは机に置かれた紙のボールを取り戻し、丁寧に開き始めた。改めて自分で見返してからそれを机の真ん中で広げて見せる。
「6月24日生まれ、男性、A型、Ω…」
デスマスクは呟き、シュラとアフロディーテは検査結果を静かに覗き込んだ。Ωの特徴は男性でも妊娠可能であること、しかしそれは女聖闘士も同じだ。
「問題は、発情期というものが定期的にくること…」
シュラがチラ、とデスマスクを見れば一瞬眉を寄せ不安そうな表情を見せかけたが、直ぐに鋭い視線で見返してきた。そしてグッシャグシャに波打っている検査結果の紙を差し出した。
「斬っていいぞ」
「は?」
シュラの間抜けな声にデスマスクが声を荒げる。
「"は?"じゃねぇーよ!お前が斬り刻んでやろうか?とかドヤって言ってきたんだろうがぁ!!」
あぁ…いいのか?とシュラは差し出された検索結果の紙を受け取った。
「せっかくだから派手にやってくれ!」
そう言いながらデスマスクはソファーにどっかりと沈み、いつもの悪い顔でシュラを見上げた。その顔を見たシュラはニヤリと笑って見せ「試してみたい事があったんだ」と検索結果の紙を宙に浮かせれば光の速さで右手を振るい始めた。いつもの一振りではない、どれだけ腕が回るのだと光速も見切れるデスマスクとアフロディーテが荒技に感心して眺めれば、一瞬にして紙は机の上に粉々に散った。みじん切りでもない、まさに粉と化していた。
「へぇ〜…すげぇじゃん」
デスマスクが残骸を指でつつく。
「これでプライバシーは守られるだろう」
再びニヤリと笑ったシュラはソファーに戻り、小さな焼き菓子がたくさん入った袋を開けて一つ口へ放り込んだ。
「やっぱよぉ…」
デスマスクが呟きながら手を出してきたのでシュラはその手の上に焼き菓子を乗せてやる。
「お前も絶対にβじゃなくてαだろ」
「そう思ってくれるか」
「今回ぜってぇ向こうが何かミスしたとしか思えねぇ!」
急に元気を取り戻したデスマスクは手のひらに置かれた焼き菓子を食べる前に勢い余って握り潰していた。ゆっくり手のひらを開いて、その残骸を真顔で見つめる様を見たシュラは「漫画かよ」と軽く笑ってもう一つ、焼き菓子をデスマスクに差し出してやった。

 その日シュラは予定があると言って先に双魚宮を出た。デスマスクとアフロディーテは仲が良い。調子を取り戻したようなので二人で話した方がきっとデスマスクにとっても良いことだろうと思った。先に聖域でデスマスクと合流したのはシュラであったが、なんとなくデスマスクに距離を取られていた。シュラも無理に仲良くしたいとは思わなかったしそもそもデスマスクはあまり聖域にいなかったため、同じ歳の黄金同士ではあったが上辺の関係が続いていた。年上の黄金聖闘士にも同い年の二人組がいたが、彼らのように互いを気遣い合い尊敬し合える仲にはなれそうもなかった。
アフロディーテは誰に対しても隔てなく接してくれる。デスマスクの方がアフロディーテを気に入ってよく一緒にいるようだった。シュラは自分と何が違うのか全くわからなかったが、特に気にすることは無かった。

 同じ年頃の三人で集まる機会が増えたのは10歳の頃にサガが事件を起こしてからだ。すでにαの判定も出ていたサガは黄金聖闘士としてもαとしても聖域最強クラスと言われている。普段の清らかなサガであれば無闇に力を振るう事もなく頼もしい存在であるだけなのだが、彼の内にはもう一人邪悪なサガが存在していた。突如表に現れた邪悪なサガは前聖戦を生き抜いてきた教皇を私欲のために暗殺し、降臨したばかりのアテナを守るため連れ去った仲間のアイオロスを殺そうとした。アイオロスとはまさにサガと同い年同士の黄金聖闘士で、側から見れば二人とも信頼し合えていたように見えたのだが、こんな簡単に関係が崩れてしまうものなのかと周りは考えさせられた。
サガは初め、アイオロス殺害にデスマスクを向かわせようとしたが間が悪く黄泉比良坂へ潜っていたため不在だった。結局シュラに追撃とアテナ奪還を命令し、自身は手を下さず、やがて清らかな心を取り戻した頃にアイオロスとアテナ行方不明の報を受けた。突然教皇の仮面を外し悲嘆に暮れるサガを見て、ずっとそこにいるのは教皇シオンであると思っていたシュラとアフロディーテは状況が飲み込めなかった。しばらくしてやっと教皇宮に現れたデスマスクは二人から「何をしていた!」「どこにいたんだ!」と浴びせられる非難の声を無視してサガの目の前まで行き、見下しながら「シオン様が殺された」と低い声で告げた。
デスマスクはたまたま滞在していた黄泉比良坂でサガに殺された教皇シオンを見つけ、話を聞き、シオンを現世へと連れ帰ろうとしたが戻れる肉体が無いからと見送っていた。教皇シオンはデスマスクにとって聖域で最も信頼していた大人であり、おそらく一人で泣き腫らしたのであろう目元は赤く、瞳は潤んでいた。
こうして一人の仲間の暴走により聖域に取り残された三人はまだ第二の性すら定まっていない子どもであったにもかかわらず、年長者を失った聖域の今後を黄金聖闘士として背負わされる事になったのである。サガのこともあり一人での判断は危ういと、何かあれば必ず三人で話し合う事を約束した。

 それからシュラは事件前よりもデスマスクに会う機会は増えたがアフロディーテとデスマスクのような仲になる事は無かった。ただ用事で話をする機会が増えて、案外真面目だなとか表裏のある奴だということは見えてきた。
今回デスマスクにΩ判定が出た事が気にならないわけではない。自分にβ判定が出た事よりも重大な問題だと思った。シュラの家族は全員βであったし自分がαでもβでも黄金としての実力が衰えるわけではないのならどちらでも良かった。絶対にαでいたいというプライドは無く、今黄金聖闘士である事が全てだと思っていた。だがこれがΩであるならば話は違ってくる。今までの生活習慣全てを見直さなくてはならない事態だ。聖域に来るまでの間にもΩだという者はTVや雑誌くらいでしか見たことがない。
こんなこと…とても言えないが、デスマスクがΩだったら…
という好奇心がシュラの心の奥底で静かに疼いてすぐに消えた。やはりあいつにはαであってほしい。Ωなんてこれ以上聖域の問題が増えるのは困る。
磨羯宮に到着し、私室に戻ったシュラは第二の性について詳しく書かれた冊子を引き出しから見つけソファーに寝そべった。目次から最初に捲ったのはΩの頁だった。

ーつづくー

拍手

PR
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
2
3 4 5 6 7 8 9
10 12 13 14 15 16
17 18 19 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ブログ内検索
アクセス解析

Powered by Ninja.blog * TemplateDesign by TMP
忍者ブログ[PR]