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そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
09,20
 老師暗殺の失敗から僅か数日後、好機は向こうからやって来た。聖域を守護する黄金聖闘士たちが教皇宮に呼ばれ集まっている。教皇の登場を待つ中、デスマスクだけはまだ来ていなかった。
「デスの奴はギリギリまで任務か?何だかんだ真面目だな」
 遅めに来たアフロディーテは辺りを見渡しながら、やはりシュラの隣に並んだ。第二の性が判明してからの三人は自然とシュラを挟んで両脇に二人が並ぶようになっている。老師を除く黄金十一人が揃っていた頃は十二宮順に整列していたものだが、十三年前の事件以降は不在者が多いゆえ次第にそれも崩れてしまった。その時点で今の聖域のだらしなさが現れているとも言えるだろう。
「アイオリアの奴、ずっと顔が強張っているがどうしたのだ?調子が悪いのか」
 教皇座の正面、中央。一人で不自然に仁王立ちしているアイオリアが気になる。
「俺も気になってお前が来る前に声を掛けてみたが、体調に問題は無さそうだった。抑制剤の副作用でも出ているかもしれないな…αらしさが剥き出しになっている」
 そういう事か、とアフロディーテが頷いたと同時に後ろの扉が開きデスマスクが入ってきた。全員が聖衣を装着している中、一人だけ鍛錬着のままでいる。
「おいおい…君さ、一応教皇の召集だぞ?形だけでも着てくるべきだろうに」
 アフロディーテの声掛けに無言のままデスマスクはシュラの隣に並んだ。離れたところでミロがカミュにヒソヒソと話をしている。シャカとアルデバランは全く気にしていない様子だった。アフロディーテがため息を吐く中、シュラはそっとデスマスクの尻に触れてみれば勢いよく叩かれたので、いつもの調子に安堵し姿勢を正した。教皇の登場だ。

「ご丁寧にも日本から偽りのアテナと青銅聖闘士たちが聖域に来る旨の親書が届いた」
 その言葉にカミュのコスモはもう揺れなかった。
「情けないことに今まで派遣してきた白銀聖闘士は成果が上げられなかったが、ここで全ての偽りを暴くために奴らを迎え入れようと思う。アテナを自称する者に真の力が宿っているのであれば、青銅とは言えこの十二宮を破ることができるはずである。偽りならばそれまで。安易にアテナを騙り世界を騒がせた裁きを下すのだ!」

ーーー

 双魚宮でアフロディーテと別れてからシュラはやっとデスマスクに聖衣を着ていない理由を尋ねた。
「さっきまで着ててそのまま来ようと思ったんだが、妙に暑苦しく感じて脱いできたんだ。今までどんな灼熱の中でもそういう苦しさを感じた事は無かったんだがな…俺の調子が悪いのかもしれん」
「俺が抱いても効果が無くなったのか?」
「いや…技とかコスモ自体は冴えているのだが…青銅を殺るチャンスが来たというのにタイミング悪ぃな、クソ!」
「所詮、青銅だ。また白銀の奴らが取りこぼしてもアルデバラン一人で十分だろう」
「あいつもヘマしたら俺が全部片付けるんだぞ?別にそれくらい良いけどよ、まぁ青銅くらい聖衣が無くてもどうにかなるだろうしな」
 召集に聖衣を着ていなくてもサガは何も言わなかった。老師暗殺を失敗してから「やはりΩは…」と言いたげにデスマスクを蔑む様子が感じられる。それを早く見返してやりたい。
「青銅を潰したら五老峰に行く。老師を始末してムウを探す」
「宮の位置が逆であれば俺が青銅を片付けられるのだがな…順番は仕方ない。全部任せたぞ」
「いいよ、全部殺ってやるよ。今度、青銅が来る前は全員聖域待機で暇になるだろ?その時また泊まるからよろしく」
 磨羯宮の私室前に到着し、二人はキスを交わして別れた。下りていくデスマスクの背が見えなくなるまで見送る。瞼を伏せ、ため息を吐いてから私室に入ろうとしたその時。
――不安かね?――
 思いも依らぬ人物から声が掛かった。
 頭に響く声に振り返ると、いつの間にかシャカがスラリと立っている。シャカとは連絡以外で個人的に会話をした事がない。話しかけられるのも初めてだ。
「…俺に何か用か」
「デスマスクのこと」
 彼の名が飛び出してシュラは眉をひそめる。少し考えてからシャカの前まで歩み出た。
「あいつがどうした」
「いつも先に行ってしまう。追い掛けられていたはずなのに、いつの間にか追い掛けていた。そんな事は輪廻転生の中に於いてよくある話である。順番を変える必要はない。流転を下手に弄ると取り返しがつかなくなる。今の自然なままでいい」
 唐突に始まった話は抑揚が無く、淡々と語られる。そのわりにシュラが口を挟むのは許されず、話は続いた。
「君たちにとっての悲劇はもはや悲劇に非ず。悲しみこそ二人を繋ぎ続ける縁。満たされ成就した先にあるのは解脱。解脱とは私のような者が目指す境地。まだ荒々しい魂の君たちに相応しい場所ではない。それこそが悲劇。君たちはもがき続けるべきだ。世の中を荒らし、人を殺め、地獄に堕ちても天に昇ってもなお追い掛け続けてきたそれを今も、これからも」
「…要するに幸せを望むな、ということか」
「君たちの場合、既に『幸せ』の輪にいると思うぞ、私の解釈では。やがて来る二人の解放と自由が『幸せ』と捉えるならば目指すが良い。君は『永遠』を何とする?」
 そこまで喋るとシャカはシュラの答えを待たずに歩き出し、磨羯宮を出て行ってしまった。
「……なんなんだ」
 シャカは個性の強い黄金聖闘士の中でもデスマスクとは別の意味で異質だった。人付き合いもせず、全てに於いてマイペースで余裕がある。でも自分は悪評高くとも個性的に生きているデスマスクの方が好きだなと思う。それは困難があるからこそ輝く部分もあるという事か。
「繰り返す悲劇が、幸せであると…?」
 …そんなことは精神論のレベルが高過ぎて共感できない…そう思いながらシュラは磨羯宮の私室へと戻って行った。

 以前、デスマスクは平和の究極とは"無"であろうと話していた。おそらくそれは現世の苦楽に依存する者にとって、魂の"死"と同義になるのだろう。性差を否定するデスマスクでもそこまでは望んでいなかった。シュラとの愛の成就が無に帰す終焉となってしまう。ならば…悲劇、不満、後悔がある限り二人は互いを追い掛け続ける事ができるということ。幸せな結末を迎えたいと願いながらも悲劇を繰り返す深淵が、ここにある――

 教皇の召集から間もなく、黄金聖闘士たちはアテナを名乗る一派を迎え討つため明日からの十二宮待機を言い渡された。
 早朝に任務を終えたシュラはこんな時にイタリアへ向かった。デスマスクが磨羯宮へ来るのは夕方以降になる。任務でもなくデートでもなく、一人気ままにイタリアを歩いてみたいと考えていたそれを急に思い立った。シチリアへ行くことは黙って過去を探る行為のようで気まずく、適当に海辺の街ナポリを選びゆっくり歩いていく。デスマスクの出身地は知らない。シチリアでないことは知っている。ミラノやフィレンツェなど各地へ連れて行かれたが、どこも満遍なく知っている感じであった。大きな街だがナポリに来た事はない。
「……?」
 建ち並ぶ店先に、なぜか見覚えのあるパッケージを見つけた。目の前まで行くとそれはいつぞやにデスマスクが食べていた揚げパンのパッケージ。
「ぜっぽりーに…」
 イタリア語もまだわからないが何となくは読める。確か地元の料理と言っていた、という事は…
 改めて、辺りの景色を見渡してみた。観光都市だけありここでもαとΩのカップルを見かける。βとβのカップルももちろん多い。シュラは空いていたベンチに腰掛け、足首に着けた黒革のアンクレットに触れた。

 今、ここにいる自分が聖闘士という宿命を背負い、Ωの番と共に命をかけて戦い抜いているということは誰も知らない。近く、青銅と戦い誰かが命を落としてもニュースになどならない。あそこにいるαとΩをデスマスクが殺しても、その名は絶対に知られない…。
 全て理解して生きているが、この地がデスマスクの故郷かもしれないと気付いた瞬間、無償に悔しく思えてきた。自分たちだけが必死過ぎるように思えて。こういう場所で生まれたとか、こういう名前だったとか、躊躇う必要のないことも秘して、それまでの人生を捨てる事が美徳であるかのような生き方が。自分を隠し続けるデスマスクの胸の内が、真実を見てほしいと訴えていたこと。そんな悔しさをこの機に及んで感じてしまう自分の弱さ…。

――早く、全てを片付けてしまおう――

 たとえ過酷な聖闘士であろうとも自分たちは合間を縫って恋人らしい余暇を過ごすことはできた。青銅を片付けた後にまた二人で時間を作ればいい。それすらも私欲に塗れた行為と神は咎めるかもしれないが。
 立ち上がったシュラはつまみにとゼッポリーニを一袋購入し、聖域へと戻った。

 その日の夕方、どうせなら磨羯宮へ向かう道のりも共に過ごしたいという気持ちが強く出たシュラは巨蟹宮でデスマスクの帰りを待っていた。寝室のベッドと居間のソファーにはシュラが与えてきた服が積み上がっている。会えない日はデスマスクがこの服に埋もれていると思うと愛おしくて仕方がない。私室にまで漏れ響く死面の呻き声の中、少しでも良い夢が見られる癒しになっていればと願った。
「ん?お迎え?お前そんなに暇だったのか」
 音も無く入って来たデスマスクは聖衣を着けておらずパンドラボックスを背負っている。
「聖衣持参か、珍しいな」
「あぁ…何かやっぱ具合が悪くてよ」
 テレポートを得意とするデスマスクは聖衣姿を見られる事はほぼ無いからと、着用して出て行くことが大半だった。
「大丈夫か?聖衣に血でも与えておくか?」
 冗談半分のつもりで言ったが「あぁ、そうか…」と低く呟く声。ずっと好調であったのに老師の件から急に勢いが落ちていて、青銅との戦いを前に不安が宿る。デスマスクの出る幕がなく終われば良いが。
「俺の血を使っても良いぞ」
「いや、いい。お前からは血よりももっとイイもの分けてもらわねぇとさ」
 ドスンと雑な音を立てて聖衣を置いたデスマスクは、にっこり笑いながらシュラに擦り寄ると頬へ軽くキスをした。
「早く磨羯宮に行こうぜ。シャワーもそっちでする。さすがにここもうるさくなってきたからなぁ」

 着替えを済ませ黒革の首輪を着けたデスマスクは、シュラに腕を絡めて磨羯宮へと向かった。陰鬱な巨蟹宮を抜けると晴れた空に夕焼けを覆い隠そうとする闇が綺麗なグラデーションを描いている。
「黄泉比良坂ってさ、こんな感じの色してんだよ」
 他愛のない話の途中で突然そんな事を言った。
「こんなクリアじゃなくてもっとドロっとしてるけどな。太陽が死んでいくような、闇から何かが這い出てくるような、不安を煽る色をしている。暗いわけではないんだよなぁ。何か気持ち悪い」
「…地上のみならずそんな場所までもずっと管理してるお前は偉いと思うぞ」
「ほんと何でこんなちゃんとやってんだろうな。黄泉比良坂も放っておけばいいのにさ。どうせ蟹座不在の時代は放置状態なんだし」
「ククッ…確かにもう行かなくて良いんじゃないか?今は現世から逃げたくなる事も無いだろう?」
「そうだよなぁ。青銅がちゃんと死んだか確認したら当分行くの止めるわ」
 数え切れないほど二人で上り下りしてきた十二宮の階段。今ではこんな会話も当たり前だが、黙って探り合いをしていた若い頃を思うと不器用だったなと苦笑いが漏れる。
 巨蟹宮から磨羯宮まで来れば空はもっと広くなった。まだうっすら明るさの残る夕闇に星の瞬きが灯り始めている。シュラが磨羯宮の前で振り返り空を見上げると、デスマスクもつられて星を眺めた。
「神話の影響なのか死んだら星になるとよく表現されるが、あんなに離れているのは嫌だな。しかも動けない」
「…ん?俺らが星になるってこと?」
 デスマスクの返しにシュラは頷いた。
「やだ…急にロマンチックになるなよ…なんて返せばいいんだ…」
「別にちょっと思っただけだ。死んだら黄泉比良坂へ行って地獄に落ちるのが真実なんだろ?」
「そうだけど、まぁ…人が何を思うかは勝手だ。それで死に対して楽な気持ちになれるのならな」
「だったら…俺は星よりもまたお前に会うための準備をする」
 声を潜めてデスマスクを見つめるシュラの背景、星が一つ流れていく。
「…どうやって?」
 見つめ返したシュラの瞳は真っ暗で体の芯がゾワりと震えた。
「一つはもう済ませた。お前の首の噛み痕。その体だけではなく、お前の魂に俺の傷を残す」
 その言葉にデスマスクはスッと首に手を当てる。
「そして忘れさせないほどの愛情を注ぎたい。他の奴らに誘惑されても受け付けられないようにな。死ぬまで注ぎ続けるから全部受け取れよ」
 伸びるシュラの手が頬に触れてからスルスルと首筋を辿る。押さえていた手を退けて噛み痕を指先で撫でられると体のあちこちがジンジン感じて切ない表情を作ってしまう。
「…もう受け取ってるって…体にも、心にも…」
「足りないだろ?もっとだ。俺が一生をかけても満足できないくらい貪欲なのは知っている」
 抱き寄せられて、唇を何度も啄み合った。
 すっかり闇に落ちた空で光の弱い星がいくつも流れていく。ここは暗いから目に映るが、街中にいれば全く気付かないだろう。人の苦悩、聖闘士の存在と同じく全てのことが目に見えるわけではない。星は毎日流れる。人の命は毎日潰えていく。誰にも知られずひっそりとどこへ落ちる?どこへ向かう?黄泉比良坂にある大きな穴の中か。深い闇のその先が地獄である事は知っているが、どうなっているかまでは知らない。――本当に、地獄なのだろうか?
「……ハ、ハハ……」
 キスの最中というのにデスマスクは込み上げくる衝動で笑いが漏れてしまった。シュラもそれを奇妙に思わず微笑んで見つめる。
「なんか…真理?見つけたかもしれん。俺が今までずっと見てきたこと、そう信じて来たことを覆すものがさ。お前を想って追いかけ続けるための道がな!」
 もう一度強く抱き締め合ってから、二人は磨羯宮の私室へ入って行った。

ーつづくー

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