忍者ブログ

そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
09,24
「おい、何でコレがあるんだよ」
 シャワーを浴びてから居間に来たデスマスクは食卓に置いてある袋を見るなり声を上げて中身を確認した。ナポリで買ってきたことを伝えると沈黙し、無言で一つ摘んで口に入れる。
「…本物だな。地元とは言ったが俺、ナポリ生まれじゃねぇけども」
「たまたま行った先で見つけただけだ。出身地を割り出そうとしたわけではない」
「うん、でもまぁ…違うけど近いぜ。すげぇな、偶然って。さすが愛のチカラ」
 最近これを食べていなかったデスマスクはメイン料理そっちのけで美味いと喜んだ。シュラもまた食事を終えてから酒のつまみに彼の故郷の味を楽しむ。青銅も老師とムウも片付いたら、スペインに行ってお前の故郷を探し当ててやるとデスマスクは宣言した。隠すつもりなど無いが、面白そうなので自分もヒントになるような食べ物くらい用意しようと話に乗ればデスマスクはにっこり笑う。
「俺ももう一度シャワーを浴びてくる。寝室で待ってろ」
 片付けを終えたシュラはそう言い残して浴室へ向かった。

 待つ間にデスマスクは今夜もらう衣服を何にしようかと勝手にクローゼットを開けて物色する。番になってからよく持ち帰るので、昔は私服の数も少なかったのに今では10着くらい常備されている。どれも当たり障りの無い無味無臭なデザインばかりだ。いかにもデスマスクに与えるため常備していますという感じも滲み出ている。
「…これずっと置いてあるな…もう使ってないのか」
 今まで気にしてこなかったが服を退けた奥に、隠れ家へ行く時シュラが使用していた鞄がひっそりと置かれていた。シュラは普段、財布しか持たない。袋が必要な時には現地調達している。その感覚がデスマスクには合わなくて、一緒にいる時は自分の鞄にシュラの持ち物を入れる事もあった。
(…何か入ってる…?良い感じの私物だったら貰うか…)
 引き摺り出した鞄は少し重みがあり、何かが中で動く。ファスナーを開いて手にしたものは手帳だった。一冊だけではない。数冊入っている。
(あいつが手帳をつけているところなんか見たことないぞ…)
 手に取った手帳を開いて驚いた。下手な字がびっしりと書き詰められている。
「なっ…なんだコレは⁈」
 デスマスクには読めなかった。下手だからではない。ギリシャ語や英語ではなく、スペイン語で書かれたそれ。
(くっそ…わかんねぇ!スペイン語かじっておくべきだった!何が書いてあんだよ!)
 仕事のことだろうか。カレンダーにも白紙にもたくさん書き込まれている内容が気になって、どうにか読めないかと字列を睨む。
(ぴ…ぴあ…ん?ぱ、ぱすた…ぴざ…?これって料理のメニューか?なんでまた…)

「ぎゃびぃ⁈」
 真剣になっていると突然、手にしていた手帳が取り上げられて変な声があがってしまった。
「ククッ…おまえ、どこからそんな声が出るんだ」
 見上げたデスマスクと見下ろすシュラの視線がぶつかる。シュラは何も言わず手帳を近くの台に乗せた。取られたデスマスクは鞄に残る手帳を手に取るがそれも次々取られてしまう。
「…それ何だよ?何の記録?料理だけではないよな?」
 訝しむデスマスクの声に対しシュラは無表情で、手に残った手帳をパラパラと眺める。低い声で唸ってから手帳を閉じてデスマスクの隣にしゃがんだ。
「…これは、Ωが覚醒してからのお前の記録だ」
「…俺の…?」
「ハハ、今改めて見るとヤバいよな…βのくせにαばりの執念を感じる。任されたとは言えお前に関しての記録が仕事の範疇を超えている」
 改めてデスマスクに開いて見せたシュラは、何が書いてあるのかを指差しながら説明した。発情期中の様子、食事について、異変、薬のことなどはもちろん、聖域にいる時のデスマスクの状態までとにかく書けることは全て書き出していた。
「隠れ家もΩのお前を哀れんで準備したわけではない。快適に過ごせる場所を自分が用意してやれるという高揚感があった。最初から俺は、お前に関われる事が嬉しかったのだろうな…」
「あんな…気のない態度してたくせに?」
「騙していたわけではなく、お前に惹かれているという自覚が無かったんだ。βだったしな。しかし今これを見ると…」
 懐かしそうにページを捲り終えたシュラは手帳をデスマスクに差し出す。
「ずっと…心の奥底では好きだったのだろう…これはその証として十分だと思う。愛を綴る日記ではないが、お前が愛したβの俺が、お前を見続けた七年間の記録だ。持って行くか?」
 台に置いた残りの六冊もデスマスクに渡された。どれも書き込みが多くて、あの頃のシュラがこんなにも自分に目を向けていた事実に胸がギュッとなる。そこに好きの意識はまだ無かったとしても、互いを思う気持ちの熱に差が無かったのは嬉しい。デスマスクは心のどこかで自身のΩフェロモンがβのシュラですらジワジワと狂わせてしまったのではないかという思いがあった。そうじゃない、初めからシュラはデスマスクを見ていたのだ。
「要らなければ鞄に戻してくれ。ハハ、βの遺物だが捨てるのはさすがに勿体無くてな」
 そう話すシュラは笑っているが、どこか切ない表情をしている。殺したつもりでもふと湧き上がる己のβとαの葛藤は今でも解消されていないようだ。
「…読めねぇけど、スペイン語の練習兼ねて貰ってやる。番になりたくてαを強請ったが、もうβとかαとか関係無いからな?俺は今のお前ちゃんと好きだから」
 七冊の手帳をベッド脇の台に乗せたデスマスクは、両手を広げてシュラを受け止めベッドに押し倒された。
「お前が好きだから…お前がβでもαでも例えΩであっても俺はお前に抱かれたい…!」
「同じだ、俺もお前を抱きたい。性別が何であろうと愛して愛して満たしてやる!」
 首筋の噛み痕に唇を寄せ、舐めるだけでデスマスクは吐息を漏らして濡れていく。爽やかな甘い香りが部屋に満ちる。服を脱がせながら全身を唇でなぞり肌を重ねた。伝わる心音はいつも通り。体温もそう。不調なんて感じられない。
「青銅が片付いたらスペイン語を教えてやる。お前もイタリア語を教えてくれ」
 頷くデスマスクはもうシュラの熱に侵され、全てを捧げるままだ。
「聖域に残るαとΩも殲滅させたら、どちらかの国で暮らそう。ひっそりと、あの隠れ家のような家で」
 揺れながら、潤んだ瞳に満ちた涙がデスマスクの頬を伝っていく。
 夢のような事を望みながらも、きっと自分たちは再び悲劇に落ちていくのだろう。そう…望みながらも悲劇を選ぶ。αとΩの虐殺は理想の実現と並行して罰の到来を待つ時間稼ぎ。自分たちのことしか考えない二人は永久に裁かれ続ける。
 そこに気付いた今、第二の性に翻弄されてから初めて神を讃えれる気がした。

「終わったらまたお前のとこ行くから」
「あぁ、待ってる。聖衣の調子見ておけよ」
 夜が明ける前、デスマスクを巨蟹宮まで送ったシュラは私室前でキスをして別れた。日本のアテナたちはわざわざテレポートを使わず飛行機で聖域まで来るらしい。そして礼儀正しく9時過ぎに到着するという連絡まで受けたようだ。だが全てを信用するわけにもいかない。ここから長い待機が始まる。
 シュラが磨羯宮へ戻る途中、夜明け前にもかかわらず天秤宮でミロとすれ違った。
「クク…お前たちはこんな時くらい性欲を我慢できないのか?」
「明日の命もわからぬ聖闘士である限り、悔いは残したいくないのでな。求められれば愛してやるだけだ」
「聖闘士か…教皇に何を任されているか知らんが何事もやり過ぎは身を滅ぼすだろう」
「そんな事くらい理解している。お前も悔いなく生きろよ」
 手短に切り上げたシュラはそのまま天秤宮を抜けて階段を上って行った。
「だから、俺はお前たちとは違う…」
 ミロは舌打ちをして呟き、シュラが見えなくなってから自身も天蠍宮へと戻って行った。

 太陽が高く昇りつつある頃。シュラはデスマスクから貰ったアンクレットを寝室の引き出しに片付け聖衣に着替えた。磨羯宮の外に出ると、太陽の光に紛れているが時計台に灯りが見える。
「来たか…」
 晴れた空、雲がゆっくりと流れていく。肌寒い風がときおり吹くだけで辺りは静かだ。宮殿を支える柱にもたれかかり麓を眺めている最中、白羊宮の火が消えるのを見届けた。僅かに力を増したコスモの群れを感じる。
「やはり白銀では駄目だったか…任せたぞ、デスマスク…」
 磨羯宮からずっと下の巨蟹宮ではデスマスクがその時を楽しみに待っていた。

(ムウの奴…ノコノコと現れやがって…青銅を潰したら直ぐに殺してやる…!アルデバランはそれなりに闘ったようだが命など賭けることなく青銅たちを先に進めるとは…馬鹿め…殺せと言われていただろう?適当に言いくるめられたか、ただの力試しと勘違いしているのか…)
 青銅聖闘士たちが双児宮へ入った事を確認したデスマスクは巨蟹宮の中央で闇に紛れ、来るべき時を待った。外が晴れていれば灯りの乏しい宮内もそれなりに明るい。しかし巨蟹宮だけはデスマスクが聖域に来た時から太陽の光が宮内に届かず闇に沈んでいた。死面が通行人に何か危害を加える事はない。幽霊が出るわけでもない。ただただ気味の悪い巨蟹宮を通過する雑兵たちはみな一目散に走り抜けていく。
(…双児宮で何を手間取っている?悠長に作戦でも相談しているのか?)
 双児宮に邪なコスモが漂っているのはわかるがサガはそこにいない。まさか教皇宮にいるサガが双児宮を利用して青銅とやり合っているなど頭になかったデスマスクは、そこから動く気配を見せない敵に苛立ち始めた。今のところ聖衣を着ていても体調に問題はない。力も漲っている。ただ、聖衣の輝きは鈍っていた。それが一層デスマスクを巨蟹宮の闇に埋めている。
(あぁ…早く葬ってやりたい!)
 聖衣の輝きなど気にも止めず、床に張り付く死面を踏み付け待ち侘びた。

 昼過ぎ、点灯から三時間が経過し双児宮の火も消えるのを磨羯宮からシュラは見ていた。
――来るのか…――
 それまで動かなかったデスマスクのコスモに揺れを感じ、シュラは瞼を伏せて念じる。来るのならば、全て殺してしまえと。

「お前、黄金聖闘士のくせにΩかよ!でも番持ちか…助かったぜ…」
「老師を襲うだけではなくこんな非道なことまで…聖闘士として恥ずかしくないのか!」
 巨蟹宮の死面に気付いた青銅たちが何かを喚いている。現れたデスマスクの姿を見て悪態をついている。二人とも顔は知っていた。鷲星座の弟子、天馬星座。そして老師の弟子、龍星座の紫龍。いかにもαらしい彼らの言うことが安っぽくて、聞いてやる気も起きない。女神なら…もしも本当のアテナであればこの俺を見て何と言う?

――デスマスクだけは必ず倒すのです!――

 黄泉比良坂の地で確かに響いた声。現世にいるデスマスクへ向けられたものではなかったが、敏感な彼の頭には大きく響いた。
「クク…十三年間聖域を保ち続けた自らの聖闘士に対し愛のない言葉だ。紫龍の魂を戻す程の力…アテナであると認めたいが、それは却って傷付いてしまうな。それとも愛ゆえに俺を殺すという考えか?ならばシュラも共に殺してくれるのか?ハハッ!」
 シュラよ、神でさえ俺の深部には触れようとしない。やはりお前だけだぞ、お前だけが俺の心に触れ、俺はお前だけに触れることを許した…。俺にはもう、生涯お前だけだ…。
「紫龍よ、今度こそ確実に死の国へ送ってやろう!二度と戻れぬ深い闇の底へとな!」
 青銅を殺し、黄金を殺し、サガもアテナも殺してしまおう!
「力で抑え付ける者には力で対抗するしかできん!力を持つ者は勝者となり、その者の歩む道が正義となる!後世、そうした英雄たちが悪に転じて討たれるのは、より力を持つ者に敗れただけのこと。正義も負ければ悪となる。ならば力を持つ今こそ全て殺してしまえばいい!情けは自らを滅ぼす!」
 二度めの積尸気冥界波で紫龍は呆気なく冥界の入り口に落ちた。
「なんと呆気ない…」
 先程紫龍を助けたアテナのコスモには波がある。万全の状態ではないのだろう。今のうちに天馬星座も追い掛けて二人とも潰してやると考えたデスマスクは、魂が抜けて目の前に落ちている紫龍の体を蹴り上げた。
――……‼︎――
「……なんだ……」
――……‼︎……‼︎――
「……くそ……誰だ……」
 途端、アテナのものではない、コスモと言えるような強い力でもない囁きがデスマスクの周りで突然弾け始めた。
――……‼︎……‼︎……――
「あぁっ!くっそ!誰だ!鬱陶しい!」
 むしゃくしゃする。この、とても純粋で清らかな…祈りが…紫龍を案じる祈り…まだ目覚めてもいない…未熟な…Ωの、祈り…。
「くそ…穴へ落ちるまでこれが続くのか…!ならば一刻も早く紫龍を殺してくれるわ!」

「デス…⁈」
 突然消えたデスマスクのコスモに、シュラは伏せていた瞼を持ち上げ磨羯宮の入り口から麓を見つめた。
(黄泉比良坂へ向かったのか…?)
 死の予感は無い…。自分も感じたアテナと認められる小娘の力にデスマスクが本気になっていくのはわかった。アテナの補助がなければ青銅一人を倒すくらい容易いはずだが…。
「邪魔が多くて手こずっているようだな」
 突然掛けられた声に振り返ると、悠長に自宮を抜け出して来たアフロディーテが立っていた。
「お前…こんな時に何をしている!」
「まだまだ時間はあるだろう。十二番目の私はずっと待ちぼうけだ、夕食の支度まで済ませてしまったよ。カミュだって宝瓶宮を抜け出しているしな!」
 そう笑いながらシュラの隣に並び、巨蟹宮の方を見つめる。
「心配なら行くか?巨蟹宮へ。今なら私が磨羯宮に留まってやるぞ?」
「…断る。そういう事は嫌がる奴だ。デスマスクとしても、Ωとしても…。青銅一人に黄金二人は恥だ」
「そうだが女神付き青銅は反則ではないか?」
 少しの沈黙を置いてからシュラは呟く。
「もしも…アテナがデスマスクを殺すような事があれば俺が仇を討つだけだ」
「…で、後追いするのか」
 シュラの言葉に溜め息を吐いたアフロディーテは呆れたように言うが、それを消すように笑い声が重なる。
「フッ…デスマスクは死なない。そこまで考える必要などない。今に黄泉比良坂から戻り先へ向かったもう一人の青銅も討つだろう」
 死の予感は無かった。あちらへ向かっただけだ。だが、もしも黄泉比良坂でデスマスクが亡くなった時それはわかるのだろうか?コスモの届かぬ冥界の入り口から、それを知る術があるのだろうか?
「そうだな、待とうではないか。我々の血に塗れた正義を」
 二人はそこから動かず、巨蟹宮の方をじっと見つめデスマスクの帰還を待った。

ーつづくー

拍手

PR

[3152] [3151] [3150] [3149] [3148] [3147] [3142] [3146] [3145] [3144] [3143]


« 萌兆: HOME : ほんと今さら »
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
2
3 4 5 6 7 8 9
10 12 13 14 15 16
17 18 19 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ブログ内検索
アクセス解析

Powered by Ninja.blog * TemplateDesign by TMP
忍者ブログ[PR]