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そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
09,17
――老師暗殺、失敗――
 翌朝、疲れなど見せずコスモを漲らせて聖域を発ったデスマスクは老師を討つことができなかった。更にはずっと行方をくらましていた牡羊座の黄金聖闘士ムウが駆け付けて来たことにより、その場に居合わせた弟子の青銅聖闘士すら倒せず聖域に引き返してきたという。今のデスマスクは無謀な闘いだとしても引くことなど考えられない、そんな勢いを持っているはずなのに。
 夕暮れ時、薄暗い巨蟹宮の中でデスマスクは宮内に張り付く死面をひたすら殴り、踏み付けていた。
「酷いな…いつからこの状態なのだ?癇癪にも程があるだろう」
 離れた場所からデスマスクを眺めているシュラの隣にアフロディーテが並ぶ。
「まだ明るい頃からずっとだ。声を掛ける隙もない。気の済むまでと思っていたがその前にあいつが倒れそうだな…」
「意地でも誰かに傷を負わす男がまさか何の成果も上げられなかったとはね…あ、ムウの存在確認はデカいか。で、どうするのだ?番さん」
「そろそろ…殴り合いをしてでも止めてくる」
 シュラはゆっくり瞬きをしてからデスマスクの元へ歩き出した。隣まで来ても無言で死面を殴り続けるデスマスクの腕を掴む。動きは止めるがシュラの方を見ようとしない。
「思うところはあるだろうが、それくらいにしてくれないか」
 掴んだ腕は徐々に震え始めるとシュラの制止を振り切り背を向けた。
「おい、どこへ行く!」
 外へ向かい歩き始めたデスマスクを追い、再び腕を掴む。次は掴んだ手を強く振り落とされた。
「…もう一度、行く…」
「なに?」
「もう一度行って!ぶっ殺して来る!」
 声を張り上げ駆け出していく。巨蟹宮を抜けてからは浮遊し、滑るように下りていくデスマスクをシュラはすぐに捕まえた。テレポートが使えなければ足の速さでシュラには敵わない。両腕ごと背中から抱き締められて階段を転がり落ち、双児宮の手前にある岩にぶつかった。
「くっそ!離せ!行かせろ!俺はどうかしていた!今なら老師だけでも!青銅だけでも確実に殺せる!俺の言う事を聞けぇっ!」
「正気を保て!この状態では老師に勝てない!」
「お前がそんな事言うなァ!殺ってこいって送り出せよ!俺を止めるんじゃねぇぇえ!」
「っぐっ…!」
 サイコキネシスで辺りの石を浮遊させたデスマスクはそれをシュラにぶつけ始めた。頭であろうと構わずこぶし大の石が打ち付けられる。
(さすがにこれは、キツいな…)
 そう思えてきた頃、二人を追ってきたアフロディーテが数本の薔薇をデスマスクに撃ち込んでくれた。手加減された薔薇の矢はどれも聖衣に弾かれ落ちていくが気を逸らすには十分だ。
「シュラを殺す気か!止めろ!」
 アフロディーテの声にデスマスクが首を回した時、首筋のまだ赤みが残る噛み痕がシュラの目に映る。そして、
(これしか、ないのか…)
 歯軋りをしてから聖衣に阻まれた窮屈な隙間に顎を捻じ込んだ。昨日付けたばかりの噛み痕を目掛け、牙を立てて噛み付いた。

「……大丈夫か?君もだが、デスマスクのやつ……」
 シュラに首筋を噛まれたデスマスクは艶かしい声を上げながら全身の力が抜け落ちていった。抱く最中に愛情を込めて行うのとは違う、暴力的に首筋を噛む行為は無理矢理Ωを躾けるようで使いたくなかった。シュラの腕の中で目を見開いたまま、時折体を震わせている。当てられた石によって額から流れる血も気にせず、シュラは噛み痕を舐めてケアし続けた。
「お前のおかげで俺の傷は大したことない。デスマスクは…昨日も噛んだばかりだったんだ…」
「番がいないからよくわからないが…それをやり過ぎると死ぬとかあるのか?」
「俺にもわからない。しかし…今は良い気がしない…αの力で押さえつけてしまったようで…」
「仕方ないさ、αなのだし」
 アフロディーテはそう呟くと、そっとデスマスクの瞼に指を置いて閉じさせた。
「目覚めてまた暴れるようだったら来るけど…まぁそこまで分からず屋でも無いだろう」

 デスマスクを抱き上げて巨蟹宮まで戻る頃には日も落ちていた。アフロディーテに頭を下げ別れたシュラは、私室に入り自身の血を拭う。そしてデスマスクの聖衣も外してベッドに横たえた。何となく気付いていたが、シュラに噛まれた影響でデスマスクの体は意識がまばらでも発情を見せていた。
「…こんな体、嫌だよな…よく自我を保って頑張ってきた…」
 ベッドに乗り上げたシュラはデスマスクのアンダーウェアも脱がせて、露わになった熱を手のひらで包み込む。首に、胸にと唇を寄せて撫でていけば吐息が漏れ出る音が聞こえてくる。
「フフ、気持ち良いか?…もっと悦くしてやるから…」
 目覚めないデスマスクを癒したシュラは体も綺麗にしてから隣に寝転び、愛おしい番の顔を見つめ続けた。


――デスマスクよ、お前が来るのか。教皇の悪事も見抜けぬとは堕ちたものだな――
 そうさせたのはあなたです、老師。シオン様の死を知りながらもハーデスの監視を優先しこの場所に居座り続けて…前アテナに与えられた勅命とは言え、聖域のためになる事は何一つしてくれなかった。

――信じていたのだ、お前たちであれば乗り越えられると――
 クク…どうとでも言える。わたしたちのせいですか?放っておいても教皇を討伐すると期待していたと?出来が悪くて残念でしたね。あいにくわたしは本当に出来が悪く、自分自身と聖域の崩壊を食い止めるために必死だったんですよ。いや、女神もいないあんな場所、さっさと潰してしまった方が良かったのでしょうか。

――……Ω、なのか……――
 わかりますか?ハハ、安心してください。もうαを惑わすフェロモンは出ませんから。正真正銘、わたしの力であなたを討たせてもらう!

――……シュラと、番に……――
 …さすがですね。そこまでおわかりとは。アイオロスに聖剣を向けたあいつと今からあなたを死地へ送るわたしはお似合いでしょう。信頼できるのはシュラとアフロディーテのみ。今日まで我々は聖域と世界のために支え合い努めてきた。裏切り者はわたしたちではありません。老いているとは言え勝手に解釈を変えられては困ります。あなたこそが聖域の裏切り者なのだ!

「ぅぎゃぁぁあああああああっ!」
「デス⁈」
 自分が上げた声で目覚めたデスマスクは暗い部屋の中でも側にシュラがいる事を感じ取り、姿を探した。すぐ隣から声が掛かる。
「デス!」
「しゅらっ…あ、おれ、老師…殺った…?…っいて…」
 動かした首に痛みが走り、手で押さえて背を丸くした。起き上がったシュラは電気をつけてから、首を押さえる手に自身の手を添える。
「すまん、抱いていない状態で噛んでしまったんだ…まだ痛むよな…」
「いい…それより、老師…」
 シュラの心配をよそにデスマスクは老師のことを気にした。あれだけ苛立っていたことを忘れてしまったのか、思い出したくないのか…。教えろよ!と急かす声にシュラは静かに答えた。
「……お前は、引き返して来た。誰も殺していない…」
 何度も瞬きをしてじっとシュラの顔を見つめる姿に胸が苦しくなる。
――だめだ、壊れてしまう…――
 静かに起きあがろうとしたデスマスクを抱き締めて再びベッドに沈めた。
「はぁ?……うそ、だろ……なん、で……」
 ぽつりぽつりと絞り出される声が切ない。
「デス、お前は失敗していない。討つのは今ではないと判断して引き返してきたんだ。それは間違いではないし、また次がある」
「バカな…何で俺、そんなことしたんだ…?」
「老師との闘いにムウが割り込んできたのだろう?黄金二人を前にお前は勇気ある賢い判断をした」
「勇気?…勇気があるなら二人ともぶっ殺すだけだろ?!違う…違うんだよ…!あぁ…お前っ…お前が言うから…!お前が!αに殺られるなとか!引く事も考えろとか言うからぁっ!」
 身じろぎをしてもシュラの束縛は解けない。声だけ精一杯上げて抵抗した。
「そんなつもり、無かったのによぉっ…青銅と、黄金α二人を一気に殺せるチャンスだったのに!お前の声が俺の判断を鈍らせたんだよっ!どうしてくれる!」

 徐々に記憶が蘇ってくる。老師を討とうとした時、生意気な青銅に邪魔をされた。それは問題ではなかったが更なる邪魔が入ったのだ。牡羊座のムウ…教皇シオンの弟子でありデスマスクをも超えるサイコキネシスの使い手。老師もムウもシオンの死を知りながら聖域を投げ出したのが許せなかった。黄金のくせに面倒ごとからは逃げて悠々と隠れ続け、自分に都合が良くなれば正義面をして出てくる。α黄金でさえそういう狡い奴らがいるのだ。分かり合えるはずがない。苦労を重ねてきた自分たちの邪魔でしかない。二人まとめて殺すことしか考えられなかった。しかし…

「突然、聖衣が重く感じたんだ…力は漲っているのがわかるのに、それを締め付けられるような重圧を感じて…その時に『引け』という声が頭の中に響いた…お前が俺に何かしたのか…⁈」
「俺も昨日は別の任務に出ていた事くらい知っているだろ。それにそういう遠隔技は苦手だ。何もしていないが…αとして、番として俺の念がお前の中に残り過ぎていたのかもな…だがそれは弱さではない、黄金二人を相手にするのは危険なんだ。機を見て出直す方が賢明に決まっている。早まったお前にもしもの事があれば聖域も世界も終わりになってしまうのだぞ」
 シュラはデスマスクの髪を撫でて落ち着かせようとした。自分が必要、という言葉を聞いたデスマスクは抵抗を止め、体の力を抜いていく。重なる肌から感じる心音も次第に穏やかになっていった。
「クッ…次を勧めるならば、俺はまた行くぞ…お前は俺が老師を討つ事に不満は無いのだな…?」
「無い。正気でなければ止めもするが、普段通りのお前であれば送り出す」
 ふぅん、とデスマスクは目の前にあるシュラの首筋に鼻を寄せ匂いを嗅ぐ。
「今日はフェロモンとか使って有耶無耶にしねぇんだ?」
「……もう噛んでしまったしな。白状すれば意識の無い間に好き勝手させてもらった」
 シュラには時々、快感で誤魔化されてるなと思う時があった。きっとデスマスクを納得させる良い言葉が浮かばない時だろう。それに気付いていることを伝えれば困ったように笑ってはぐらかされる。
「αとΩを殲滅させるならば遅かれ早かれ聖闘士にも手を出すことになるのだ。一人や二人先に手を掛けても変わらん。ただ無理だけはしないでくれ」
「そういうの、いつも上手いこと言ってるつもりだろうが俺に全てを捧げたい気持ちと自分の考えの狭間でお前が無理してることはわかる。…別にそれは怒らねぇよ。だって俺ら元々考え方とか違う者同士だし。お前はαになり切れない元βだし…」
 でも…と呟きながらデスマスクはシュラの束縛からゆっくり腕を引き抜いて背中に回した。
「俺はさ、仲良くも無かったくせに仕事とは言えちゃんと向き合って考えてくれたお前を好きになったんだ。自分を正しく見ようとしてくれる姿勢が嬉しかった。大人でもそれができた奴なんかほとんどいなかったのに。いい加減に相手すれば良いのを真面目にやり切ってさ。お前としてはデキる自分を見せ付けたかっただけかもしれないが、その心を知っているからαになって変わっても俺は嫌いにならないし、お前にずっと好かれていたいと思えた」
 だから…
「俺はお前を手放したくない。そりゃあ一人でもやっていけるが、ここまで尽くしてくれるお前を知ってしまったんだ。今さら一人になりたくねぇよ…。なぁ、ここまできたら死ぬまで俺のために無理を通してほしい。知ってるんだぞ、お前がどれだけ迷っても最後には俺を選んでくれる事を」

 あぁ、非道な殺戮者のなんと可愛いことか…。シュラにしか曝け出さないこの姿、全身に噛みついて食べてしまいたいと思えるαの感情を揺さぶる。デスマスクの懇願に歓喜して思わず場にそぐわない笑いが漏れてしまった。
「ハハッ…あぁ、悪いな。俺のαが不安定である故に、いつまで経ってもお前を安心させてやれず。俺も精一杯尽くしているつもりだ。それが伝わっているのは嬉しい。確かにそれでいいのか考え込む事はあるが、お前に従うとずっと言っているだろう?俺は出来もしないことを口にする奴は嫌いなんだ。変わらないから安心してくれ。だからお前も宣言したからには世界を変えろ」
 今夜はもうデスマスクの体を弄んだというのにやはり声が聞きたいと思った。この殺戮者が懐くのは自分にだけ、という優越感を味わいたいと思った。思うだけではない、そんなことも簡単にできる。番にしたのだから。
 シュラが放つ香りがデスマスクを包み込んでいく。
「答えは出したぞ、はぐらかしは無しだから良いよな?やはり一度抱きたい。首が痛まないように気を付ける。…五老峰へはムウや青銅の動きを見て行けばいい。次こそ討てる。お前にも、聖闘士が…」
 コクンと頷いたデスマスクの顔はもう、穏やかを通り越えて蕩けている。支配しているのはどちらだろう。第二性を恨んでいながらすっかりαとΩを満喫してしまっているなど情けない。立派な理由を並べたところで結局は自分たちのことしか考えていないのだ。
「力を持つとは本当に、恐ろしいことだな」
 サガも自分たちも好き勝手に暴れて救いようがない。そして力があれば、全てに勝つ事ができれば正しい行いとなる。文句を言う奴は全滅しているのだから。いつまで勝ち続ける事ができる?今度こそ二人の願いは果たされる?
 威勢を失いあられもなく上がる声を楽しみながら目一杯デスマスクに愛を叩き込んだ。許される限りの時間、少しでも多くの愛を与えて彼の闇が埋まるようにと願って。

ーつづくー

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