2024 |
12,30 |
「っ…!あなたは…!」
ボロ布がはためいてシュラの姿が露わになる。振り下ろされた聖剣は磨羯宮の裏手を破壊した時に比べれば優しいものだ。同格の黄金相手ともなれば回避も容易いだろう。それでもシュラの内に渦巻く衝動をムウに解らせるには十分だった。
「刺客がデスマスクだけで済むはずないですよね…」
十二宮戦の時、デスマスクが敗れた後に感じた怒りでムウはシュラが番であったことを知った。二人のことは子どもの頃の姿しか知らない。仲が良さそうには見えなかったものの、そこまで意外とも思わなかった。既に問題行動のあったデスマスクに対しても毛嫌いする事なく、仲間として普通に接していた…そうすることがシュラはできていたのだから。
「シュラよ、ムウの事はこのカミュに任せよ。この場まで崩壊させられると戦いにくくなってしまうからな」
カミュの助けを得てシュラが危うくムウを"本当に"討伐してしまう事は避けられた。冷静であるつもりでも諦め切れない想いに気持ちが悪くなる。アテナに対しても、デスマスクに対しても。二人を共に選ぶことができなかった生き方にも。
聖域に拳を向けた三人から流れ出た血の涙の意味は各々違っただろう。ただ、理由は何であれ聖闘士として忠誠を果たせなかったこと…結局はそこに帰結する。
シオンの計らいによりムウとの闘いをすり抜けたシュラは巨蟹宮に映し出された黄泉比良坂に入っても何も感じなかった。ここにデスマスクはいない。かつては興味を抱いていた異界の地も、彼のものではなくなった途端に価値を感じなくなっていた。
「お前はミロに抱いていた気持ち、残っているか?」
黄泉比良坂を駆け抜ける中、ふとシュラがカミュに声を掛けた。意外な言葉を投げ掛けられたカミュは答えるのを躊躇っている。
「好意があったのだろう?違うというなら変な事を言って済まないが」
「…いや…周りに察せられているのは感じていた。明確に言葉にした事は無かったが、それで合っている」
気恥ずかしそうに、控えめな声でカミュは答えた。
「好意はあった。その記憶もあるが正直、お前たちのような激しい感情は抱いていなかったと思う。しかし…私は自らの遺体が埋葬されていた墓から出てきたわけだが、弟子の指導をしていた時の鍛錬服も共に埋められていたのだ。おそらく死者に持たせた遺品だろう。その時、ミロに関する物が見当たらなかったことに気付いて後悔を感じた。堂々と自身の物を埋葬できるような関係になれなかったことに。そう思えた事が、答えだと思う」
「後悔、か…。良かったな、お前もまたミロに縛られて。悔いの残らぬ人生が送れる奴などいるのだろうかな」
たった今、巨蟹宮を操っている乙女座のシャカはどうだろう?殺してしまえばシャカでさえ聖闘士として悔いが残るだろうか?それとも全てを受け入れ輪廻の輪から外れていくのだろうか。
「デスマスクへの気持ちが枯れてもアイツに気を引かれる衝動を知ってしまうと、怖れるものが無くなるな。気持ち悪さの奥に妙な安心感がある」
「ふっ…そこまで想えるのも病的で心配になるぞ」
「クク…ハーデスのおかげで初めて聖闘士としての本領が発揮できそうだ。これが、最初で最後だろうがな」
例え聖闘士としての功績を残せたとて自分が改心したわけではない。山羊座のシュラは裏切り者としてとうに死んでいる。何度引き戻されたとしてもそこに修正の必要はない。
巨蟹宮を突破し駆け抜けて行く十二宮の中でかつての同志と向き合い、禁忌を犯し、視力を失った。そうなっても、どうせ借り物の体なのだからと問題にならなかった。光を失った視界はいつまた雪を踏みしめ、森に立ち入り、そして彼に出逢わせてくれるだろうか?…そんな期待さえ抱くほどで。
聖域の頂き、生前果たせなかったアテナとの対面。シュラに成長した女神の姿は何も見えなかった。強大な神のコスモを感じるばかりで真っ暗な視界に光を感じることはない。自分は救いようのない程深い場所にいるのだと悟った。
何も見えなくとも四方八方から感じるコスモで誰が何処にいるのかはわかる。それでもシュラの視界はアテナの"討伐"が果たされてもずっと、真っ暗闇のまま。
「…シュラよ…」
アテナ討伐成功を告げるためハーデス城へ向かう最中、おそらくずっと声を掛けるタイミングを計っていただろうサガの気弱な声が漏れ聞こえた。シュラは前を向いたままその呼び掛けに答える。
「こんな時に悔いるなサガ。あなたが事件を起こしたことは事実だが、なぜそうなってしまったのか深く考える必要はあると思う」
「その必要はもうない。全て自身の弱さが招いたものだ…。そのせいでお前たち三人を巻き込んだ挙句、αとしても醜い事を繰り返してしまった。すまない…デスマスクやアフロディーテに詫びる余裕もなく…」
「俺があなたを許せる言い訳は、同じ人間であったこと。あなたも神に使われただけだと」
弱々しいサガに対し、シュラは強く真っ直ぐ返した。顔を上げたサガは言葉の意味を受け止めると焦りを見せる。
「シュラ、その考え方は良くない」
「そうだな、あなたは自身を責めればいい。アテナのために」
なぜ堂々とそんな事を言えるのか、アテナへの忠誠心が強い清らかなサガには理解できなかった。かつては共にアテナを想い世界の平和を願っていたはずなのに、その心全てをも自身が壊してしまったのではないかと――
「俺はもう責めない。全てを背負う覚悟ほど神が持つべきであり、また受け入れてこそ人の神であろうと思う。それくらいの強さ、我が女神であれば持っているはずだろう?そう信じることこそ、俺がアテナに捧げられる真実だ」
シュラの何も映さない真っ暗な瞳がサガへ向けられニヤリと笑った。
「アテナに課せられた試練はサガだけではない。あれで終わりではないのだ。俺の事もそうだろう。最たるは史上最悪なΩの黄金聖闘士、デスマスクを受け入れられてこそアテナは完成されるのではないだろうか。それを信じたいと思う」
―それを見届ける事は、できないだろうが…―
間もなく夜が明ける。仮初の体に終わりが来たと、誰かが笑った。それを聞いたところでシュラは絶望を感じるどころか思わず笑みが溢れてしまう。
(とうに死んだ俺に終わりなど…やっと、始まりに向かえるというのに)
「シュラ!」
思いがけず掛けられた声に顔を上げれば、駆け寄る紫龍だった。姿は目に映らなくとも忘れられないコスモの一つだ。
―純粋で単純な小僧だな…―
シュラを気遣う声にまた笑みが漏れる。きっと、最後に生かされた事や今回の復活の件で何か勘違いをしているのだろう。
(俺はデスマスクと同じ正真正銘の裏切り者だ、今でもお前は俺とデスマスクの仇でしかない…)
番の関係が失われようとも、繋ぐ記憶が残る中でシュラは最後までデスマスクに寄り添い、灰となって消えた。
ーーー
聖域の外れには聖闘士たちの墓場がある。爽やかに晴れた日の朝、度重なる戦いで荒れた墓をミロとアイオリアが修復していた。ミロはカミュの墓標のそばに落ちていた鍛錬着を手に取り、丁寧に埋め直す。冥闘士たちとの戦いで甦ったカミュの体は今度こそ灰となり失われてしまった。
「フ…私の墓はそのままか。お前たちも一度は死んだのだから墓標くらい立てたらどうだ?」
「ただでさえ聖域の修復に時間がかかるというのに、そんな無駄な事してられるかっ」
ミロの背後にカミュが立っている。亡者ではない。ときおり吹く風に二人の髪が揺れている。
カミュは自らの墓標のそばに並んで立つ三つの墓に目を向けた。荒れていたアフロディーテの墓標も整えられ、シュラとデスマスクの墓標は立てた当時の綺麗なまま。
「結局、この三人だけは戻って来なかったな…」
「…面倒くさい奴らには女神もお手上げだ」
聖戦は終わった。数え切れない程の命を散らせて。女神アテナは地上に留まり、自らが不在であった十三年間を取り戻すべく聖域の復興に尽力している。偽の教皇令に従い死んでいった白銀聖闘士をはじめ、聖域の犠牲となったほとんどの聖闘士や雑兵は女神の声に耳を傾け奇跡の復活を遂げていた。
ただ、黄金の中でもシュラ、デスマスク、アフロディーテだけは応えがなく復活を果たしていない。
「復活したところでまたΩというのも拒否したい理由なのかもな」
一通り墓の整備を終えたアイオリアも三人の墓標の前まで戻って来る。復活を受け入れた者たちの第二性に変化は無かった。
「それでも番となって愛し合っていたはずなのに、不思議なものだ」
「そういうところが自分勝手なんだよ、あいつらは」
カミュの疑問にミロはいつもの調子で返す。
復活どころか、シュラとデスマスクに至ってはあの嘆きの壁の最終局面に於いても姿を見せなかった。聖衣は来た。しかしあれは黄金聖衣の意思。過去の正しい英霊たちが力を貸してくれただけの話。あそこに二人はいなかった。黄金聖闘士の全員がそれに気付いている。ただ、聖衣が嘆きの壁へ向かうのを雑兵たちも見ているし、その方が「裏切り者も心を入れ替え最後はアテナのために」と綺麗な物語になるから表向きは「全員が向かった」という話になっている。
「死んでまでも女神に迷惑を掛け続けるとか、そこまで"最悪"の称号が欲しいのかってよ」
アテナは特にデスマスクの復活を強く望んでいたように思えた。何度も交渉を試みる姿に、ミロたちもアテナが思うところを察せずにはいられない。結局、理想的な聖域復興の夢は不義理な三人のおかげで早々に崩れ去ってしまった。
復活拒否を女神に受け入れさせたデスマスクは、こんな形であれ初めて神に勝ったと言えるだろう。アテナならば強制的に復活させることもできたはずだ。しかし、それはしなかった。これはアテナがデスマスクに与えられる唯一の愛であり、復活拒否を受け入れた結果こそシュラが女神に期待した真実である。
「最初から山羊座、蟹座、魚座はいなかった…そう思った方がいいかもな」
「思ってもないことを言うな。彼らの存在がどれほど聖域にとって重要だったか…考えなくともわかるだろう」
カミュの言葉にミロは瞼を閉じ、アイオリアは小さく頷いた。
犯した罪は重い。桁違いの殺人をしている。それでも三人がいなければ聖域は間違いを犯さなかっただなんて、決して言えない。アテナの成長を待ったが故の犠牲者とも言える。
「…性に縛られない世界…そんなものが冥界以外にあるのかは知らないが、さっさとそっちで復活してりゃあ良いんだよ…そうすればアイツらも殺人なんかしなくて済むだろ」
「そうだな。そうする必要のない、憎むべきものの無い世界ならもっと違う生き方ができるだろう」
アイオリアは近くにある雑草の小さな花を摘み、三人の墓標にそれぞれ捧げた。辺りには既に誰かが捧げて枯れた花が多く積まれている。決して口にはしないが、皆がまたこの三人に会えたら…という期待は持っていた。その想いにも別れを告げる時が来たようだ。
沈黙の後、カミュはそっとミロの背中に手を当てて墓標を後にする。その後ろ姿を見てアイオリアは軽く微笑んだ。
「生き方は何も決められていないからな。それぞれであればいい。自分勝手とは言われるが、そう生きるのも容易くはないのだ。強い意志を持ち、βとΩを乗り越えたお前たちが示してくれた説得力は凄まじいぞ」
Ωに抗い、βに抗い、αに抗い抜いた先。その先が例え真っ暗闇の中であろうとも、神の救いに耳を傾けず自らを貫き絶望を知る二人が畏れるものなんて、もはや無いだろう。
――さようなら――
ーーー
20世紀に降臨したアテナが地上を去ると、築き上げた平和は次第に乱れ人類の争いは繰り返された。数世紀おきにアテナは降臨し乱れた地上を治めては去って行くが、遂にオメガバースは絶滅する。
αの遺伝子を注入され一時的に力を得た聖闘士たちが造られる時代もあった。しかしそれは神の意に反し自然の摂理に背く行為。再誕したアテナは成長と共にその実態を知り、直ちに止めさせた。こうして聖域の聖闘士までもが全てβ…男女性のみの姿になったのである。
オメガバース終焉の要因は戦争のみならず、戦地から離れた国では人工知能との疑似恋愛に傾倒した人々の増加も影響した。支配国は脅威となりうる国に対し、武力を使わず娯楽と情報戦線により数十年余りで一気に衰退させる事に成功したのだ。βの人口が増すとαやΩに対する注意喚起が増長した。「αやΩを守るため」を口実に、一見優しい世界は次第に彼らを閉鎖的な空間へ追いやっていく。フェロモンが危険だから、事件を起こさないように…前時代以上に強くそう刷り込まれて。自身の存在が他人を脅かさないようにと考えるαやΩの子どもたちは家にこもり、番を持たずに命の無い理想のパートナー像と楽しく生涯を終えていった。賢いαの大人さえ絶えてしまえば、生まれてくるαの子どもなど覚醒前から刷り込んで意のままにできる。もちろん例外もいたし、彼らの種を保護保存しようとする勢力もあったが時間の問題だった。じわりじわりと長い年月をかけてオメガバースは終わりを迎えたのだ。
それにより人類が大幅に減少した未来。人工知能に惑わされず人が人を好き合って血を繋いでいくという愛と神秘は、一部の上流社会でのみその重要性が教育され、また推奨された。その時代は進化の過程で男女の性別すらあやふやになっていた。
ここは人の本能に従い、勝ち残れる者たちが繋ぐ世界。
《入学早々だけど今日は調子悪いから休むよ、講義の内容だけまた送信しといて》
幼馴染の連絡を受けた銀髪の若者は、一人で学舎へ入って行く。この時代、勉強や教育は全て自宅に居ながら通信で完結できるのだが、学校という教育現場が失われたわけではない。ただその数は世界的にみても少なく、貴重な社交場として人気が高かった学校は各国トップクラスの学力を持つ者か富裕層しか通うことができなかった。
(休みかぁ…一人…でも良いけど…。あ、あいつ…いるなぁ…)
教室の扉を開けた若者は黒髪の体格が良い若者を見つけて声を掛ける。
「隣、座ってもいいか?」
「どうぞ」
チラ、と銀髪の若者を見た黒髪の若者は短く答えると、鞄を寄せて席を空けた。
「なぁ…お前男っぽいけど、男?」
「九割くらいな」
「九割⁈今時すげぇ、あの伝説の聖闘士ってやつになれるんじゃねぇの」
「あれは女寄りでもなれるだろ。それにお前も俺とそう変わらないと思うが」
「でも俺コレでダブルだもん、中途半端じゃねぇ?」
「べつに」
大学へ進学してまだ数日。二人が言葉を交わすのは初めてだ。機能するかは別として両性具有が当たり前となった時代にこの黒髪の若者はいかにも男性らしい容姿で目立っていた。銀髪の若者も背はすらりと高く顔付きも男性寄りだったが、どんなに鍛えても肉付きが女性っぽい気がして不満がある。家族も全員女性寄りであったため、男性らしい人物に興味があった。
「それ何読んでんの?…あ、人類学の教材?」
黒髪の若者はいつも一人で休み時間も勉強をしている。興味を持って彼に話し掛ける者たちは他にもいたが、二、三回言葉を交わして去るのが精一杯な感じだった。さっきも会話を終了させられた気がするものの、銀髪の若者は食い付いていく。
「昔は普通だったっていうオメガバース、何で絶えたんだろうな。今でも残ってる生物はいるってのにさ。そりゃ人類にとって不都合があったんだろうけどよ、αとΩの運命とか何か凄いよなぁ」
「…お前はそういうのに憧れるのか?」
そうだな、で終わるかと思いきや意外にも聞き返されてしまった。ちょっと嬉しい。
「そりゃあ、どんなもんか見てみたくねぇ?」
「αがΩを好きになるわけでもなく、Ωがαを好きになるわけでもないんだぞ。βを好きになっても結ばれないとか悲惨だと思わないか」
「まぁ現実的にはそういうのが多くて滅んだんだろうしなぁ…でもなぁ」
「フ…案外ロマンチックなものが好きなんだな」
軽く笑いが漏れる。緩んだ表情を見るのは初めてだ。なぜか嬉しい。
「おい案外、って…今日初めて喋って俺のこと知らねぇくせに失礼だろ!」
「ハハ…すまん、俺にはそういう所があるんだ。だからあまり喋らないようにしているんだがな」
「あぁ…ちょっと残念な奴なんだな…了解…」
この若者の情報を一つ引き出すことに成功した。失礼な奴…もとい不器用な奴らしい。自分の成果に自信が増してやっぱり嬉しくなる。
「今日はあのヴェルサイユ貴族みたいな奴は一緒じゃないのか?」
さらに初めて話題を振られた!だが内容が自分ではなく幼馴染の連れの事で何故だか胸がジリつく。あいつの方が容姿は良いしこいつと同じく目立つから、やはり気になるのか。
「ヴェルサイユ?旧フランス王国の?すげぇ古臭い例え方だな…金髪ロン毛のあいつは今日休みなんだよ」
「それで俺のところに?」
「あぁ、お前よく一人でいるし気になってたから喋ってみたくて」
「俺を?」
顔をしかめてなぜか全身を眺められる。
「お、おうっ…な、なんだよ!警戒すんなよ!」
「いや、俺を気にするなんて意外だと思っただけだ」
「そうか?あんたと喋ってみたい奴は多いと思うぞ。顔も体格も良いし」
「見た目か」
呆れたように溜め息を吐かれてしまった。何か気に障ることを言ってしまったのか、よくわからず焦りが出てしまう。
「お前さ、見た目はやっぱ重要だって!さっき自分だって俺のこと見た目で判断ただろうが!俺もヴィジュアル悪く無ぇけど、いつもいる連れがあんなんだから良さが霞んじまうんだよなぁ。あ〜モテたい」
「ククッ…」
笑った。正解かわからないが嬉しい。何で自分は今、こんなに振り回されてるのだろうか。
「あ〜バカにした笑い。どうせお前みたいな奴ぁ"好きな人が俺を好きでいてくれればいい"とか言うタイプだろ」
「フフ、そうだな。俺はモテる必要を感じない。好きになった奴が俺だけを好きでいればいい」
――それに選ばれたい――
言葉を聞いた瞬間、そんな想いが胸を突き抜けてどこかへ飛んでいった。自分に動揺してしまう。
「……っ……くそ、嫉妬するわ。その自信。αってのが実在したらそんな感じなんだろうな」
乗り出していた体を引いて少し距離を取る。食い付こうとガツガツしていた姿に恥じらいを感じた。
「ただの個性だ。そういう枠にはめてくれるな」
黒髪の若者はそこまで話すと再び勉強を始めてしまった。講義開始までまだ時間はある。これ以上は邪魔になるだろうか…そう思ってももっと二人の時間を引き延ばしたい気持ちに負けてしまう。
(だって、まだ誰も手がつけられないこいつを早く自分のものにしてみたい…!)
理由はわからない。でも"そうしないといけない"なんて思う焦りが単刀直入に出てしまった。
「…なぁ、お前って今までに誰か好きになったことあるか?恋愛って意味で」
「意識したこと無いな。恋愛相談は俺向きじゃない、他を当たってくれ」
切られてしまった。もう限界か?でも何故か、自分なら許してもらえるような気がして。
「あ〜いや、俺も無いんだけどさ、どうすりゃあ人を好きになれるのかわかんなくてよ…だから誰かが俺を好きになってくれたら楽なのになって。昔あったらしい"お見合い"とかで他人がくっ付けてくれるのとか、どうして廃れたんだろうな。人類激減したのって自由恋愛が難し過ぎるからじゃねぇの」
自分でも何を言っているのかよくわからなかった。恋愛相談を断られたのに無視して相談してしまった。これはさすがに駄目かもしれない。
「お前は家族から結婚を期待されているのか」
会話を続けてもらえた言葉に心底嬉しくなる。何だろう、もうずっとこいつの言葉に浮ついてばかりだ。
「ん〜…まぁ、オレサマも良いとこの子だし。強要はされないが考えねぇ?お前だってここに来てるって事は後継ぎ欲しい家系だろ」
「まだ学生だから先のことは考えていない。だからそういう話は他を当たれ」
(考えてない…)
それはこの先考える時が来るだろうという事で。
(その時こいつの隣に俺がいたら…)
銀髪の若者は考えながら、黒髪の彼をじっと見つめていた。期待が向けられる瞳を黒髪の若者も見つめ返す。灰色の、星の瞬きのような瞳。
「…なぁ、そんなに俺が気になるのか?」
「…気になる…」
黒髪の若者の瞳は真っ暗だった。見つめ返されるとその深淵に吸い込まれてしまいそうで…。
「俺のこと、好きなのか?」
全身がゾワンと震える。あぁ、言ってしまう。初めて喋る相手だというのに、何かが自分の内から引き摺り出されてしまいそうで怖いのに、捧げたくなってしまう。
「…好き…に、なったらどうする?」
どうにか耐えて、自然を装いながら視線を外した。
「俺がお前を好きにならない限り興味は無いな」
当たり前の答え。こいつは自分に興味がないのに、俺は何でこんなにも惹かれてしまう?
「どうしたら好きになってくれんの?」
「おいおい…本気かお前。喋るのは今が初めてだし入学してからもまだ数日しか経ってないんだぞ?俺はやめとけ、もっとお前に合う奴いるだろう」
「みんなそう言うんだよ、俺マジで悩んでんだけどなぁ…」
「…あの連れはどうなんだ」
「あいつも俺に気は無いし、それこそ"お前に相応しいのは別にいる"とか言いやがるし…仲良いけどそれだけ」
普段からよく聞かれる幼馴染との関係。やはりこいつも気になるのかと少し機嫌が悪くなる。
「お前は今日いつもの連れがいないから俺に構ってるだけだろ?あいつが戻れば俺なんか関係なくなるし、本気でモテたいのなら誰かと連むのをやめてみたらどうだ。隣に誰かいると声が掛けられない奴もいるだろ」
「あ〜孤高ってやつも憧れるよなぁ」
そこまで話した時に教授が入ってきて、初めての会話は終了した。それから銀髪の若者は「孤高ってやつやってんの」と言って学校では幼馴染と過ごす時間を減らした。
(確かに一人でいる方が話し掛けられやすい気がする…)
でも誰にも興味はわかなかった。だって、もう自分が話し掛けて欲しいのはあの黒髪の奴だけで…。
(…お前見てる?俺マジでお前の適当なアドバイス実践しちゃってんだけど…)
そう心で思いながら黒髪の若者を見掛ければニッコリ笑ってみせる。時々彼も呆れた笑みを返してくれるようになった。黒髪の彼は相変わらずいつも一人でいる。
その現状に満足していたある日、幼馴染と黒髪の若者が二人でいるところを見た。きっとすぐに会話は終わるだろうと思ったが、なかなか離れない。
(…あいつら、仲良いのか?)
よく知る幼馴染が相手だというのに、胸がジリジリと焼け付いていく。
(…まさか、あの野郎…!連れの方を狙っててわざと俺を遠ざけた⁈)
考えていたことの全てが逆だったというのか。そう気付いた途端に胸が押し潰されそうで苦しくなる。自分なんか最初から相手にされておらず、返してくれる笑みも馬鹿にされていただけだったかもしれない。恥ずかし過ぎて血の気も引いていく。
「…どうした、調子でも悪いのか」
いつの間にか二人の会話は終わっていて、立ち尽くしていた若者に黒髪の彼が珍しく声を掛けた。
「なんでも、ねぇ…」
声を絞り出して後退る体が捕らえられる。体温を感じる。本当なら嬉しいはずなのに、こんな時に、なんで。
「自分でわかってないのか?医務室へ行った方がいい」
「大丈夫だっつってんだろ!」
突っぱねて暴れようとしても強い力で抱き止められてしまう。だから、なんで今…!
「俺に興味無ぇなら放っとけよクソ野郎!望み通りお前の事なんかスッパリ諦めてやるよ!」
突然爆発した不機嫌の原因を喚き散らしながら、銀髪の若者は二人に医務室へと連れ込まれて行った。
「言いたいことは言い切ったか?」
二人への文句を吐き出して言う事が無くなった銀髪の若者は、ベッドの上で横になり反対側を向いていた。起きていても返事は無い。その隣で幼馴染と黒髪の若者が話を始める。
「…まぁ、この通り勘違いが暴走するほどこいつは俺が気になって仕方がないらしい」
「この子で良ければ引き取ってよ。私は全然構わないから。正直、君だって上手いこと言って私を遠ざけようとしたんだろ?」
「いや、そう考えたわけではないが…」
黒髪の若者は眉をしかめた。しかしそれを無視して幼馴染は銀髪の彼について語る。
「彼は昔からずっと恋愛に憧れていたんだ。だけど誰彼構わず好きになるような事は無かった。誰かを好きになりたいけど、なれないって。人工知能に理想を叩き込んでみればいいのに、それも違うからと実行しなくて。そんな彼が入学式の帰りに君の話をしたんだよね。まさかこんなに肉食系で攻めるとは思わなかったけど、まぁ案外可愛いもんでしょ」
背を向けたままでいる銀髪の幼馴染に視線を向けた。黒髪の若者もつられて彼を見る。
「何かさ、彼が君の話をした時に感じたんだ。あぁ、お迎えが来たんだ、やっと送り出せる、って。良い意味でだぞ?親でもないのに変だよな。でもそう感じたし、君なら預けても大丈夫かなって」
「いや、まだ引き取るとかそういう事までは考えていない…」
「君も強情だな。話し掛けてくる奴は他にもたくさんいるくせに全く気にも止めず、一人でいる彼を見つけてニヤつくくらいには下品な下心、漏れ出てるぞ」
返す言葉も無い黒髪の若者を残して幼馴染は「講義の時間だから」と医務室を去って行った。二人きりになった部屋。しばらく続いた沈黙を破ったのは銀髪の彼の声。
「…お前も見てたんだ…俺のこと」
「まぁ…どんなもんかと思ってな」
あれだけ幼馴染に突かれてもまだ本心を隠してぶっきらぼうに答える。でも嬉しい、黒髪の彼が自分のことを見てる事実が。
銀髪の若者は寝返りをうって黒髪の若者を見上げた。気付いた瞳がぶつかって、見つめ合う。
あの真っ黒な瞳の奥で何を考えているのかわからない、でも見られれば見られるほど体の芯がザワついて嬉しくなる。いつか、捕えられて呑み込まれてしまいたい…何だろうこの気持ち。
(俺はあいつのこと好き?)
――…好き…大好き…隠し切れない――
(俺たち結婚もできるしダブルな俺の体は施術がなくても子ども産めるんだぜ。お前になら抱かれたいよ、それがいい。ああもうボロボロになってもいいから全てを捧げてしまいたい…)
「好きになるって、考えてわかるもんじゃねぇんだ…」
ぽつりと呟いた言葉を聞いて黒髪の彼は苦笑いした。
「…そのようだな…」
低い声が静かに響いて、伸びてくる彼の大きな手が銀髪に触れる。撫でる。嬉しくて笑うと彼も微笑んだ。
――αやΩに頼らなくても、運命ってあるのかも…――
始まりを意識した。平穏の崩壊、底知れぬ愛の解放。
なんでも許されて叶う世界で俺たちはどんな悲劇に見舞われるのだろう。そしてやはり神を憎んでしまうのか?また最期まで付き合ってくれる?
知らないのに知っている。二人の結末を。いつも二人で、奈落の底を歩いて行く。
ーおわりー
********
1年間お付き合いいただきありがとうございました(゚∀゚`)どうにか年内に完結させる事ができたのですが、色々と辻褄合わせや話の回収、言葉の追加やらが必要な部分も多々あるのでここからまた修正を重ねていきたいと思います!
字書きの基本がなってないとも思いますので、できる限り良い状態に仕上げられるよう努力します。
本編は全文pixiv投稿予定。
紙本には時間が許す限り挿絵や落書きにペン入れしたり、可能なら漫画追加したり、本編を書くにあたり組み上げた設定(前世とか未来とか)など色々ぶっ込みたいと考えています。無駄に頁数増えてまたもマニア向けな感じになりますが、よろしければ手にして頂けると嬉しいです(゚∀゚)
ーおわりー
********
1年間お付き合いいただきありがとうございました(゚∀゚`)どうにか年内に完結させる事ができたのですが、色々と辻褄合わせや話の回収、言葉の追加やらが必要な部分も多々あるのでここからまた修正を重ねていきたいと思います!
字書きの基本がなってないとも思いますので、できる限り良い状態に仕上げられるよう努力します。
本編は全文pixiv投稿予定。
紙本には時間が許す限り挿絵や落書きにペン入れしたり、可能なら漫画追加したり、本編を書くにあたり組み上げた設定(前世とか未来とか)など色々ぶっ込みたいと考えています。無駄に頁数増えてまたもマニア向けな感じになりますが、よろしければ手にして頂けると嬉しいです(゚∀゚)
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