2024 |
12,13 |
「さっきさ、すんごく強い光の星が続けて二つ流れたの見たか?」
聖域、サガが青銅に敗れ邪悪は消え去ったという。アテナ神殿の前で女神復活に沸く人々の傍ら、ムウに仕える幼い能力者の貴鬼がそばで立ち尽くしていたミロに話し掛けた。
「…あぁ、魂が燃え尽きたようだったな」
「えぇ?そんな物騒なこと言うなよぉ!」
だが実際、青銅との闘いで多くの命が失われた。デスマスク、シュラ、アフロディーテ、サガはわかる。いくら自らの正義を持っていようともアテナに背いていたのだから当然だ。白銀聖闘士の多くが死ななければいけなかった理由は何だろう。
(そしてカミュよ…なぜお前まで…!)
師として、黄金聖闘士として弟子の前に立ちはだかり、そして散った。聖域にアテナを帰還させる一欠片として、聖戦に参加する事なく生涯を終えさせられた。この現実はアテナに背く気など全く無いとはいえ…残酷で辛い。自分たちは番でも何でもなかった。ただのαとαだった。気持ちも最後まで交わらなかったが、友情を超えた仲であったと思っている。だからこそ、尚更…あと少し、時間が与えられていたらと…!
(デスマスクはカミュの死さえも、αが一人減ったと喜ぶのだろうか…。あいつはもし、こうして一人残されたらどうしていた?)
「…くっそ、あんな奴死んで清々したというのに、それでも引っかかってくるなど…!」
神に翻弄されるだけの人生、宿命。人として、それに抗おうとした。神から力を与えられ、Ωという試練を与えられ、乗り越えてなお望めば呆気なく叩き潰される。死なない神々に儚い命の聖闘士は本当に必要なのだろうか…?
「サガのことか?根は悪い奴じゃなかったってムウ様言ってたぞ」
(あぁ、いっそのこと何から何まで間違いだらけのクソ野郎だったら…!)
ミロは歯を食いしばって空を見上げた。アテナ神殿は聖域の頂きにある。闘いも終わり、澄んだ広い空にはいつもより多くの星が瞬いているように見えた。古からの聖闘士たちが、聖域を見守るかのように。…きっと、彼らはそこから抜け出した。
「…生まれた時から根っからの悪など一人もいないだろう。全員、アテナの聖闘士なのだぞ」
「…そうだよな。何で仲間なのに闘わなきゃいけなかったんだろうな」
紐解いていけばきっとどうしようもない理由だろう。でも人々はぼんやり残る違和感に蓋をして、勝ち残った正義を讃える。
(そんな茶番に付き合ってる暇も無いってことか。お前たちはつくづく自分勝手だな…)
――それくらい、愛し愛されてみたかった。
(…いや、それは俺次第…)
「ミロ?戻るのか?」
カツ、と音を立て不意に向けられた背中に貴鬼は声を掛けた。
「先にカミュの所へ戻ると伝えてくれ。急いで遺体を安置してきただけだからな、綺麗な姿にしてやりたい」
ミロは歓喜に沸き立つ広場をひっそりと抜け、一人カミュの眠る宝瓶宮へと帰って行った。
アテナの帰還から数日後、十二宮の闘いで命を落とした聖闘士たちの埋葬が終わった。シュラとデスマスクの二人だけは遺体が残っていない。それを好都合として彼らの墓標を立てる事に反対する声が一部で上がった。Ωであったうえに虐殺を繰り返した黄金聖闘士の記録など聖域史の恥という声が。それを支えた番の存在も。設置に賛成する者でさえ、造反者の結末とアテナの正当性を永久に伝え残す必要があるという意味で議論した。
アテナは"全ての聖闘士を弔う"ために墓標の設置を譲らなかった。また黄金聖闘士の中でもアイオリアが墓標の設置を強く支持した。――二人を省くのは今生アテナの愛と正義に泥を塗る事へと繋がる…その結論もアテナの思う内とは異なるものではあるが、そう理由付けた聖域はシュラとデスマスクの墓標設置を決めた。そうして何も眠っていない空っぽの墓標が二基、アフロディーテの墓の隣に立てられたのだ。
巨蟹宮を埋め尽くしていた死面はデスマスクの死と同時に全て消え去った。それでもどこか薄暗い宮内をミロは私室に向かって歩いて行く。
亡くなった聖闘士たちを埋葬する前に遺品の整理が行われた。必要と思われたものは遺体と共に納めるためだ。カミュにはシベリアでの弟子育成時に着ていた服を一緒に持たせた。命を賭けて育て上げた弟子との思い出と共に眠ってほしいという願いを込めて。ミロは自身とカミュに関わる物を持たせる事はやめた。
アフロディーテには双魚宮の庭に育っていた薔薇の枝葉、デスマスク、シュラ、サガとの幼い頃の写真を。サガにはアイオロスとの写真、事件を起こす前に着ていた鍛錬服を持たせた。
(遺体が無いのであれば何かを持たせるという概念も生まれないだろうに…)
ミロはデスマスクが使っていた私室の扉を開けて真っ直ぐ居間の方へと向かう。十二宮に併設されている私室の間取りは基本的にどこもほとんど同じだ。いきなり寝室といったプライベートな部屋に入る気は無い。
(もっと散らかっているかと思ったがアッサリした部屋だな…)
デスマスクの騒々しい個性から私室も物で溢れているような状況を想像していたが、それは裏切られた。本が積まれていたり生活感は感じられるものの、家具や生活雑貨は支給品で収まっている。
(…案外ケチな奴なのかもな…)
これといって遺品と言えそうな物は無い。食器や本でも良いが、特別気に入っていたという情報など何も知らないので残すほどの物とは思えなかった。
ミロは一つため息をついてから次に寝室へ向かう。正直、デスマスクだからと言うよりもΩの寝室としてここを見るのは躊躇われた。しかも十二宮戦当日の朝にシュラが巨蟹宮を訪ねていたことを知っている。なぜ自分が最初にこの部屋の扉を開けなければならないのかと、役を振ったアイオリアとムウを思い出して顔をしかめた。
(アルデバランが一番適任と思ったのに、デスマスクにトラウマがあるとか逃げやがって…)
俯きながらギィ、っと扉を押して、思い切って顔を上げる。
「……っ⁈……」
一瞬…――そこにデスマスクが眠っているのかと錯覚した。しかし直ぐにそれは積み上げられた服の山だとわかった。
(…なんだってこんなにもベッドの上に服が出しっ放しなんだ。あんな時に洗濯でもしたのか?)
それにしても量が多い。こんなに必要ないだろうと思いながら二、三枚手に取ってみる。そして気付いた。枕元の棚に置かれた細い黒革の首輪。デスマスクがΩであった証。
(…まさか、これが…Ωの作る、巣…?)
以前、何の時だったかシュラの服を抱えたデスマスクとすれ違った事がある。これがΩだと言わんばかりにその匂いを嗅いで見せて。
(これは全てシュラの服か…⁈)
そう理解した途端、神聖な物に触ってしまった気がしてミロは慌てて手にしていた服を戻した。たかがデスマスクの作ったものであるというのになぜそう感じたのかはわからない。最初に錯覚したデスマスクの姿が妙にリアルに感じられたこと、この中で眠ることがΩにとっての至福であるのだろうということ、他人の番のものに触れた禁忌感が突然ミロを襲った。
(…くそ、俺がαだからか…たかがこんな物で…。しかし奴らはもういない。これも片付けないと…)
積み上げられた服の山を視線でぐるっと確認してから再びデスマスクの首輪に目を向けた。
(遺品…と言えばコレなのだろうが、死んでまでも墓の底にΩの証を埋められたいものだろうか…)
そっと指先を伸ばして首輪に触れてみる。嫌な感じはしない。そのまま手にして間近で眺めてみた。思えば番ができて首輪を着ける必要が無くなってからも時々この細い首輪を着けていたことを思い出す。首を守るというより服飾品なのだろう。
(気に入っていた物であるならば、これでもいいか…)
遺品として首輪を埋めてやろう――僅かばかりの嫌味も含めてそう決めたミロは首輪が置かれていた隣に積み上がっている手帳の山も何気なく手にして開いてみた。
――そしてこれも手にして後悔した。
何かがびっしりと書き込まれた手帳。字が下手なうえに何語かわからない。辛うじてわかるフランス語ではない。きっとイタリア語かスペイン語に違いない。何が書いてあるのかわからないのに、書き込んだ者の凄まじい執念はひしひしと伝わってくる。αの放つ圧を超えた怖さを感じる。
(何なのかわからないというのに、シュラの仕業だろうと思えてしまうな…)
パタンと閉じて首輪と一緒に手帳の山も全て掴んだ。正解などわからない。深く詮索するつもりはない。ただ燃やしてしまうのは何となく気分が悪い。
(まとめて墓に埋めてしまおう…)
勢いよく立ち上がったミロは部屋をそのままにして一旦退室した。Ωの巣の解体は自分一人では何だか荷が重い。アイオリアたちと分担してシュラの服は処分しようと考えた。
「そっちは何かあったか?」
教皇宮へデスマスクの遺品を運ぶ途中、ちょうど磨羯宮から出てきたアイオリアと遭遇した。二人は崩壊したままの広場で互いが持つ遺品を見せ合う。シュラの遺品整理を任されたアイオリアは「これが気になる」と細い黒革のアンクレットを差し出した。そしてミロが持つ首輪と何度か交互に見てからぽつりと呟いた。
「…何か、こっちが恥ずかしくなってしまうな…」
「…わかるぞ…いっそ全く知らない他人だったら何も思わないのにな。あの二人がって思うと色々キツいよな…」
一見、地味で寡黙そうなシュラがあのデスマスクを相手に甘いことを言ったり我が儘を聞いたりお揃いのアクセサリーを着けたりなんか、イメージ崩壊で見たくないし考えたくもない。しかし死してもなお、たかが遺品で見せつけられるとは。
「意外だが、心から好きだったんだろうな。デスマスクのこと」
「あぁ、俺もこの手帳を見て察した。デスマスクがシュラを誑かしたと思っていたが、シュラの方もヤバかったってのをな」
歩き出した二人は瓦礫の山を軽々と飛び越えながら教皇宮へと向かう。この崩壊した磨羯宮の裏手の惨状もシュラがデスマスクを想い過ぎた証だ。あの時聖域にいた全員が感じている。本来ならばアテナへ向けられるべき愛と忠誠はここに無い。
「…こんなこと大きくは言えないが、少し羨ましくも思える…」
「フッ、聖闘士としては好き勝手に振る舞って滅茶苦茶にした奴らだ。他では言わない方がいいな」
「あぁ…だから思うんだ。この遺品の埋葬も何か言われるかもしれない。アテナにはお伝えするが、二人の墓標が立ってから後でこっそり埋葬しないか?聖闘士として問題があったのは承知しているが、番として二人を共に眠らせてやれないだろうか」
アイオリアがそう思うのには理由があった。兄であるアイオロスの遺体も聖域の墓標の下にはない。アテナを託された城戸光政の手でどこかに埋葬されているとは思うが今となっては誰もわからない。
「聞いたことあるかもしれないが、兄の時も二人と同じように墓標に反対する者たちがいたんだ。黄金とは言え逆賊者の墓は要らないとな。その反対を押し切って墓を立ててくれたのがシュラ、デスマスク、アフロディーテだった。三人で偽教皇と大人たちを説得してさ。今思えば真実を知っていたからだとわかるが、当時は悪い事をしたっていう兄に対してそうしてくれる姿は本当に格好良かった…」
辿り着いた教皇宮の扉の前で立ち止まる。
「俺の自己満足でしかないが礼がしたい。本当に悪い事をしていようとも、あの時の姿に」
真っ直ぐそう語るアイオリアの瞳に、ミロは頷くしかなかった。
その願い通りシュラのアンクレットとデスマスクの首輪、シュラが書き残した手帳は墓標の設置からしばらく経ったある日の夜、アイオリアの手でひっそりと二人の墓の下に埋められた。これはアテナと残された黄金聖闘士たちしか知らない。
(全く何も残さなかった二人は魂も消えてしまったのだろうか…)
広い夜空に瞬くたくさんの星を見上げても、そこに二人がいる気はしなかった。今夜は月が隠れているため星の光が明るい。彼らが向かった先は光ではなく…。
真っ暗な新月の影のその奥に目を凝らしてから墓標に花を添えて、アイオリアは獅子宮へと戻って行った。
その墓の下には何も眠っていない…だから、ハーデスの傀儡が聖域に侵攻した夜も二人の墓だけは荒れることなく、遺品は静かに眠り続け守られた。
ーーーーー
ーーーーー
――死からどれくらいの時が地上では流れたのだろう。
共に逝けなかったシュラを追い掛け続けてそのまま流転するはずだった。高い天から真っ暗な地の底へと落ち続けていたのに突然強い力で引き上げられ、終わったはずの"デスマスク"に無理矢理縛り付けられる…そう感じた時――
「…デスマスク」
二度と呼ばれないはずの名前を聞いて瞼を持ち上げた。もう見れないはずのシュラの姿が目の前に在る。
「…死んだんじゃねぇの…どうなってんだ」
ゆっくり起き上がれば二人の姿は魂ではなく肉体を持っているのがわかった。傷も何もない綺麗な体だ。
「ハーデスから聞いてないのか?特別に再生されたんだ。俺たちは体が残らなかったから」
辺りを見渡すと聖域ではないどこかの宮殿の一室にいた。隣にいるシュラがデスマスクの顔を覗き込んで呟く。
「俺がわかる…よな?」
「…シュラ」
低い声で短く答える。せっかく想い人に会えたというのに、二人とも感動の再会とは程遠い雰囲気でどこかぎこちなかった。
「お前が目覚める前に冥闘士が来て雑な説明をされたが、今から聖域に戻るぞ。そこでシオン様が待っている」
「シオン様も?」
かつて慕っていた唯一の大人の名を聞いて、デスマスクのコスモが揺れた。
「ハーデスの手先として一部の聖闘士が復活させられたようだな。嘘ではない証明にシオン様からも直接声とコスモが届いた。あそこに戻らなければまた殺されると思うぞ」
そう言いながらシュラは立ち上がったが、デスマスクは座ったままで動かない。
「……それでも、いいけど」
その言葉に一瞬は望み通り置いていこうかと思った。その方がデスマスクにとって良いことなのかもしれない。聖域は彼を傷付け過ぎた。しかし…
「シオン様が待っている、行くんだ」
シュラはデスマスクの腕を強く掴んで立ち上がらせる。彼の望みよりも「連れて行くべき」という使命感を優先した。
デスマスクの最後の姿を覚えている。目を逸らしたくなる可哀想な姿。あれは紛れもなくデスマスクだった。今、目の前に立っているのは誰だろう?生前の綺麗な姿で、その首にシュラの噛み痕は、無い。
「仕事が雑だな。神であろうと完璧な再生は無理だったか…」
愚痴りながら"デスマスク"の腕を引いてシュラは聖域へと向かった。
二人とも記憶は残っていた。βとΩで愛し合って、αとΩで番い合って、何度も体を重ねてお互いを求め続け散ったこと。好きで好きで仕方がなかった記憶はあるのに、今二人が抱く感情はまるで出逢ったばかりの頃のような…愛が目覚める前に戻ってしまったようだった。
冥界に生き、身体が特殊な冥闘士にオメガバースは存在しない。それは地上に生きる者たちだけに与えられた枷。
「まさか理想が並行世界に存在するとはな…お前は知っていたのか?死者にオメガバースが存在しないこと」
「……まぁ普通に考えれば死にゃあ終わりだし。それでも未練たらしい元Ωはよく見かけたが」
「お前は、そうならずに済んだんだな」
その言葉にデスマスクは顔をしかめた。済んでない。自分だって本当に死んでからも最後までシュラを追いかけ続けていたのを覚えている。逃げて行ったこいつはそれを知らない。
「…お前のそういうとこ、嫌い」
「違うのか?それにしてもその言い草、何か懐かしいな」
不貞腐れて言われた一言にシュラは笑った。本当に、気持ちが通い合う前に戻ってしまったようで。潤んで切なく自分を見つめる瞳も、普段からは想像のつかない艶やかな声も記憶には残っているというのに。シュラ自身も今、デスマスクを抱き寄せて甘い言葉で酔わせたい、という感情は湧いてこなかった。
――本当に、死んだのだな――
シュラとデスマスクの二人が。それを実感させられた。肉体なんか問題ではなくて、今までの愛が刻まれた魂は不滅だからこそ出逢えば当然のように惹かれ合うのだと思っていた。運命とはそういうのもなのだと。まさか、ここまで二人の魂が鎮められてしまうなんて。そのまま生まれ変われば気付かされなかった。無駄に記憶だけを残されている今だから、こんな複雑な経験をさせられている。
(これも罰なのか。愛し合っていたから無条件で再び愛し合えるわけではないことを思い知らされるなんて…)
シュラは最後の時、前を行くデスマスクも後ろから来ていたデスマスクも掴めなかった。でもそれが正解だったんじゃないかと、何も無い闇の中でぼんやり考えた。
―共に逝けなかったから、きっとまた俺はデスマスクを探し求めて、あいつは追いかけて来る…―
それが輪廻なのだと。期待した結果はこの通り空っぽだ。
しかしそれは、二人に芽生えては引き裂かれてきた愛がただ運命に仕組まれ決められていたものではなかったという証明でもある。やり直す度にお互いを見つめ合い、そして選んできた。お前を愛したい、愛されたいと願って幾度となく努力をしてきた結果が運命と結び付くのだ。尽きた愛はいつかまた、必ず芽生える。
シオンからの伝言について以外はほとんど喋ることなく、二人は聖域外れにある墓場に到着した。シオン、サガ、アフロディーテ、カミュが生前の姿で立っている。彼らの体は"本物"だったが、亡者のような姿ではない。修正は施されているようだ。
「お前あんな戦いでなぜ死んだ?無駄死にじゃねぇ?」
カミュが亡くなっていた事に二人は驚いた。デスマスクの問い掛けにカミュは一言「氷河のため」とだけ答える。
「ふーん…ミロの奴は生き残ってんだな。お前らよく耐えられるなぁ。俺なら死ぬわ。」
そう言われてカミュは困ったように笑う。その話を隣で聞いていたシュラは何気ない言葉の中に自分への想いが生前のように残っているのを感じてデスマスクの顔を見た。彼はシュラの方を見る事はなく、アフロディーテの元へ行く。首筋を見せて、番ではなくなったことをサラッと告げる姿にアフロディーテも戸惑っている。
「それにしても君たちがここへ現れた事も意外だったぞ、目的は知っているよな?」
デスマスクは何の気持ちも無さそうでヘラっとしていた。アフロディーテは今から始まる事を理解しているのか心配になってしまう。
「シオン様に迷惑かけるなっつって連れて来られた。アイツに」
そう言ってシュラを指すデスマスクを見て、アフロディーテは頭を抱えた。
「シュラよ、まさか君まで理解せずにここまで来たわけではあるまいな?」
「アテナ討伐だろ」
その一言にデスマスクがヒヒっと笑う。三人は互いに目配せ合った。
「…君たちに、できるか?」
アフロディーテの問いにシュラが小声で返す。
「不思議な事にな、ハーデスの再生は完璧なものではなかったようでな…」
そこまで言って二人を交互に見た。そしてニヤ、と笑う。
「俺が投げ捨てた聖闘士の心まで、無駄に再生されているっ…!ククッ…」
思わず笑い声を漏らしながらシュラはそう告げた。
「ハーデスとしては罪悪感でも植え付けたかったのかもな。ガキの頃の純粋な気持ちを再び感じるとは。神のお遊びらしい事だ」
この状況で笑う話か?とシュラに少し引いてしまったアフロディーテは思い出したかのようにデスマスクの方を見た。デスマスクもポカンと不思議そうな顔をしている。
「君もそうなのか?善い心を吹き込まれてしまったのか?」
「お前さぁ…俺が悪者みたいに言うなよ。アテナに殺された男だぞ?」
「討伐できるのか「行かねぇ」
「「えっ?」」
デスマスクの返事に二人は声を上げる。
「あー、まぁ、十二宮には行ってやる。シオン様には悪いがムウと老師をぶっ殺しに。あと紫龍」
「君は…」
「それで十分だろう?俺は最後まで行かねぇ。それはサガとかシオン様の仕事だ」
まだ何か言いた気なアフロディーテをシュラは制した。
「…こいつもちゃんと理解しているようだぞ。それ以上具体的な事は言わせないでやれ」
デスマスクは助けに入ったシュラを一目見ると安心したかのように口を噤んだ。
―別に二人の関係が壊れたわけではないのだな…―
生前の、熱がこもった関係から遠く離れてしまったようにアフロディーテも感じていたが、自然な振る舞いの中に互いへの想いが見え隠れする。そう、壊れてしまったのではなく再び愛し合う舞台を築き上げていく感じ。
「心配すんな"討伐"の邪魔はしねぇよ。適当に動いてっから」
デスマスクも自身の中に、かつては抱いていたアテナへの忠誠心が植え付けられているのを感じていた。憎む気持ちと慕う気持ち。泥沼の愛みたいな感情をシュラ以外に抱くのは気持ちが悪い。
(Ωでなくなったのは気持ち良いが…こんな体さっさと終わらせてぇわ…)
サガとの話し合いが終わったシオンが声を上げ、今から始まる戦いの説明を始める。最初に立ちはだかるのは白羊宮のムウ。
「俺に任せろ」
デスマスクは笑いながらシオンの前に歩み出た。
六人に与えられた漆黒の冥衣は本来冥闘士には存在しない自星座のものだ。これもアテナの手駒を手中に収めたと見せびらかすためのものだろうか。
(神様のこういうガキっぽいところが幻滅させられるんだよなぁ。だから欠陥人間ばかり生むんだよ)
冥衣姿をボロ布で覆い隠し、六人の刺客は十二宮の入り口へと向かう。聖域の警備についている雑兵たちは騒がれる前に息の根を止めていった。なるべく苦しまないように、素早く静かに。どうせ生かしても監視している冥闘士に殺されるだけだ。
デスマスクの隣はシュラではなくアフロディーテが歩いていた。ムウの討伐を自ら申し出たデスマスクに対し、シュラがアフロディーテを同行させるよう願い出たのだ。
(…今の感じだとシュラは俺を選ばねぇよな…別にいいけど…)
心の奥でデスマスクに興味を持ちつつも、アフロディーテとの方が仲が良いという理由でΩが判明する前までシュラはずっと身を引いていた。デスマスクに距離を置かれていたせいもある。お前はβだからΩの世話をしろとか、最もな理由があってやっとシュラは頷くのだ。
(ほんと昔っから、それで俺を気遣ってたつもりかよ…)
シュラが何を思ってアフロディーテを推したのか、感情は抜きにして理解できるためそのまま受け入れた。一人で行かせない辺り、目に見えないシュラの燻りが伝わってくる。
「じゃァ、様子見兼ねて先に一発やらせてもらうぜ」
入り口が見えた辺りでデスマスクとアフロディーテは振り返った。ここからでもムウのコスモが僅かに感じられる。最後の戦いが始まる。
―ほんと、これで最後にしてくれよな…―
別れ際、シュラの顔を見てから背を向けようとした。でもジャリ、と踏み込む音が聞こえて反射的にもう一度シュラを見てしまう。
「何だよ」
そのまま無視して行くこともできたのに声を掛けてしまった。シュラも自分が踏み出した一歩に戸惑う顔をしていたが、掛けられた声に顔をあげて真っ直ぐデスマスクを見つめる。
「…俺を、愛してくれてありがとうな」
突然の一言だった。冷静に、低く響いた声がデスマスクの体を震わせながら染み込んでいく。
「…それ、俺のセリフだから…」
絞り出した声は、上手く伝わっただろうか。見つめ返すシュラは軽く微笑んで、静かに右手をあげた。それは、さよならのポーズで。
「ハハッ…!じゃあな、ダーリンッ!」
デスマスクは堪らずおどけて大きく手を振った。笑いながら張り上げたつもりの声は上擦って格好悪い別れになってしまった。でももう振り返らないし何も言わない!そう決めてボロ布をひるがえし、一気に駆け出す。
「フフッ…英語なんだ」
デスマスクに追いついたアフロディーテがいつもの調子で茶化した。放っておいたら彼はきっと泣いてしまう。
「…俺ら語学に長けてねぇから。アモーレ♡とか言ってもあいつわかんねぇだろ」
「シュラって地味なくせにちょっと変なとこあるけどさ、ちゃんと格好良いよな。あんなこと別れ際に言われたらまた好きになってしまうって。私でもドキッとしたよ」
「うるせぇっ」
―αのままであれば、あんなこと言わなかっただろう―
愛し愛されて当然といった思考で、また会おうとか必ず見つけてやるとかそういう強気な事しか言わなかったんじゃないだろうか。
(ありがとうなんて、Ωで自分勝手で人殺しでアテナも何もかも裏切ったのは自分のくせに他責思考で、フェロモン使わずに愛されるなんか有り得なかった俺が言う言葉だろうが!こんな俺を…あぁ…シュラ…!)
あんな一言でたった今、鎮まっていた気持ちが熱く沸き立つのを感じる。もう別れたのに、もう会えないのに手放したくない。また好きになってしまう。また好きになるのはシュラがいい。好きになりたい。生まれ変われたら絶対好きになる。あぁ…!愛おしい…俺を愛してくれる、俺を許してくれる、俺を守ってくれる唯一の…っ!
「さっさと片付けていくぜぇ!」
振り切るように掠れた声を張り上げた。
「フフ、シュラからの名誉あるご指名。地獄の果てまで…君たちの再会まで付き合うぞ!」
二人のコスモがムウとぶつかり合う。シュラは離れた場所から神経を研ぎ澄ましコスモの行方を探り続けた。
あの時を思い出す。デスマスクが散った、十二宮の戦い。
(デスマスクへの愛が鎮められ、アテナへの忠誠を復活させられたというのに…俺の腹の底は、どれだけ闇深い…)
やがて二人のコスモが弾け消えたのはデスマスクにとって煩わしい"討伐"成功の証。それでもシュラはサガの制止を振り切って、一度は投げ捨てた右手の聖剣をムウに向かって振り下ろした。
ーつづくー
ーつづくー
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