2023 |
01,17 |
感情が全く読めない。
初めて会った時からシュラはそんな男だった。
あまり関わりたくないなと思っていたが、向こうも俺には興味が無いようでほとんど会話をする事もなく月日が過ぎたある日、あの事件が起きた。
勅命により、慕っていたアイオロスを討伐してきたというのに戻って来たコイツは全く動揺していない。
ショックを受けているようでもなく、いつもと何も変わらない様子だった。
まあ、感情が読めないから内心どうなのかはわからないわけだが。
気の利いた言葉くらいかけてやろうかと思ったが、やめた。
サガが聖域を乗っ取って2年。
そんなシュラが、ふと俺を訪ねて来た。
「お前、サガには気を付けろよ」
「は?今さら?何かあったのか?」
「問題ありまくりだろ」
「サガがヤバいの今さら言う事でもねぇじゃん、特別ヤバい何かがあるのか?」
「……」
「お前こそ何しに来たんだよ、正直俺はサガよりお前の方が怖ぇわ」
「何がどう怖い」
「……だって付き合い無ぇのにいきなり来るし、言いたい事よくわかんねぇし…そもそも普段から何を考えてんのかわかんねぇじゃん」
「……」
「わざわざ忠告しに来たんなら、サガがどうヤバいのかくらい説明してくれよ」
「……あいつ、男色だろ」
「……お前、すげぇ言葉知ってんな」
「アイオロスの討伐について今さら責められた」
「あぁ……それは、難儀なことで」
「それは別にいいんだが」
「いいのかよ、指示したくせにってムカつくじゃん」
「……そう思ってくれるのか」
「俺がその立場ならムカつくってだけ、お前がいいならいいけど」
「……」
「んで?サガがアイオロス好きだったのと俺が関係あんの?」
「お前はサガに近いだろ、勅命も多いし」
「……少し、気がかりなんだ」
「だから何がだよ?俺がサガに襲われないか心配ってことか?」
「……」
「別に俺が襲われてもお前には関係無いんじゃねぇの」
「でもそんなこと嫌だろ」
「俺よりもさ、お前自分の心配しろよ、アイオロス殺しちゃったんだから」
「……それはわかっている、俺は大丈夫だ」
「何だその自信」
「……いきなり来て悪かったな、それだけだ」
シュラが去ってから、しばらく不思議な感じが残って動けなかった。
結局何を言いたかったのかよくわからないが、あいつ他人の心配とかするんだな…
しかしまぁ…サガに気を付けろとか言われたって…サガ強いし気を付けよう無ぇじゃん。
シュラの言葉を聞いてから、何となく、サガと会う時は気持ち今までより距離を取るようになった。
いくら男色でも俺なんかに手を出すかよ?アフロならわかるけどよ。
そう思った途端、ちょっとアフロディーテの事が心配になって教皇宮の帰りに双魚宮を訪ねた。
「何か用?」
「お前、シュラにサガのこと聞いただろ?大丈夫かなって、ちょっと」
「サガのこと?」
「サガが男色で、アイオロスが好きだっただのなんだの…」
「え?そうなのか?!」
「あれ?聞いてねぇの?」
「シュラから?」
「シュラから」
「そもそもシュラに最近会ってないし」
「はぁ?あいつ俺よりお前に話すべき内容だろコレは!」
「え?私ヤバいの?狙われてるの?」
「いやそこまでは知らねぇよ!ただちょっと気を付けた方が良いって話で…」
「でもアイオロスが好きだったのなら、私よりアイオリアの方がヤバいんじゃないか?似てるし」
「あぁ、そうだよな!ってサガの趣味なんか知らねぇけど!」
「でもアイオリアには言えないね、サガの事知らないから」
「シュラの奴が面倒みてるらしいからどうにかするだろ…」
ん?もしかして俺がアイオリアの隣の宮だから、何かあった時よろしくって意味だったのか?
あいつが言っていた事と繋がらないが、多分きっとそうだ、それしか考えられない。
やっと納得のいく答えが見つかり、サガへの警戒心も和らいでいった。
……のが、いけなかった
ー苦しい…重い…何でここにサガがいるんだ…ー
真昼間、巨蟹宮で眠っていた俺は圧迫感に目覚めると、毛先だけ金髪の残った黒いサガに乗っかられていた。
あぁ、中途半端が一番よくない…
白昼堂々と法衣のまま何してんだ、この人は。
「デスマスク、アイオロスはどこにいる?」
「……あんたが殺させたんでしょうが……」
「だから、死んだアイオロスはどこにいる?」
「知らねぇよ、俺は見てない!」
「この宮のどこかにいるんじゃないのか」
「殺したのは俺じゃねぇ!ここにはいねぇよ!」
「死んでないのか?」
「だから知らねぇって!シュラに聞けよ!」
「デスマスク、アイオロスに会わせてくれ」
「無理だって…!」
「お前の力で…冥界に…」
「っ…!ぐ…ぅ…」
サガが俺の目の前で拳をかざすと、脳みそが無理矢理歪められていくような苦しさに襲われていく。
俺を…操るつもり、なのか…
「や…だ…、やめろ、いや、だ…!!」
「デスマスク!!」
突然、扉が開け放たれると同時に脳を抉られるような苦しさが一気に緩んだ。
「サガっ…どけ!!」
馬鹿力なのか何なのか、いきなり現れたそいつは信じられない事に俺の上からサガを引きずり落として壁に投げ付けた。
「っぐ!!」
「……ぅえ、マジか……ヤバいだろ「大丈夫か?!」
サガの姿を確認しようとした俺の目の前に現れたのはシュラだった。
「はぇ?お前なんで……」
「何もされていないか?!」
呆気に取られている間にシュラが俺の体をペタペタ触っていく。
シュラがめっちゃ触ってくる事よりも、今まで見たことの無い必死な姿と感情を露わにした声に言葉が出なかった。
「おい、どうした…?」
どうしたもこうしたも…
「デスマスク!」
余りにも必死な姿に圧倒されていた俺は、やっとの事でシュラの胸元に手を置いて"大丈夫だから"という意味で押し除けた。
「ちょと…何かされかけたけど…大丈夫?だ…」
「っ…!もっと、早く来ることができていれば…」
何故かシュラは俺よりも辛そうに顔を歪める。
「いや、お前間に合ってるよ、そもそも何で来てくれたのかわかんねぇけど…お前のおかげで助かった」
「……そうか……だから、気を付けろと言っただろ!」
「……は?……」
今度は急に怒り出した。
こんなにコロコロ表情が変わる奴だったか?
「だって、俺は寝てたし!無理だろ!寝室に来るなんて誰が思い付くんだ!」
「俺は予測していた」
「だったら教えろよ!お前意味深な言い方しかしねぇんだもん!」
「……」
「……それは、済まなかった」
「なんだ、素直じゃん」
「……喋るのが、苦手なんだ」
「あぁ、そうだったのか」
「言いたい事を全て整理してから話に行ったはずなのに」
「お前を見ると、いつも言葉が出て来なくなる…」
「……え?俺のせい?」
「バクバクと胸が苦しくなって、顎が震えて上手く話せなくなる…」
「……俺、お前に何かトラウトでも与えてんのかな……」
「お前を避けるつもりは無かったが…」
「でも今は普通に喋れてんじゃねぇの?」
そう言う俺と目が合ったシュラは、ハッとして視線を逸らした。
「……」
「あー…悪いな、俺様なんかをそんな意識しなくても…」
「いや、お前の事が心配で、それどころではなかった」
「お前、何で俺のこと気にかけるんだよ」
「……」
「……デスマスク」
「おう」
「これからお前の事は、俺が守るから…」
「……」
「……」
「……は?」
急に何を言い出すかと思った。
「……俺様、一応これでも黄金聖闘士だぜ?」
「しかしサガには敵わないだろ」
「それはお前だって…」
そう言いながら、投げ飛ばされたサガの事を思い出して確認する。
黒に染まり掛けていた髪色はすっかり金に戻っていた。
そんなに衝撃的だったのか、まだぐったり倒れたままだ。
「いや…まぐれでもサガ投げ飛ばすってすげぇわ…ちょっと引く」
「お前のコスモが揺らいで心配のあまりだったが…正面から対峙していれば無理だっただろうな」
聖剣で斬られたわけじゃないから、そのうち起きて俺に平謝りしてくるのだろう。
ちょっと面倒くさい。
「なぁ、サガが起きるまでお前もいてくれよ」
「それは構わない、その方が良いだろう」
「お前的に?」
「……まぁ……」
「なぁ、お前って俺と仲良くなりてぇの?」
「仲良く?……仲良く、か…」
「違うのか?」
「仲良く、できるのか?」
「俺が?俺は別に来るものウェルカムだぜ?」
「……そうか……」
「でも今みたいに淡々としてるより、サガから助けてくれた時みたいに勢いある方が好きだけどな」
「……」
「思い返すとちょっと格好良かったかも、とか言っちゃって」
サガが起きるまでいて欲しいものの、テンションの低い空気が続くのは耐えられないのでヘラヘラしながらシュラの緊張を和らげさせる努力をしてみた。
なんだかんだ貴重な同期で同年代の黄金聖闘士。
嫌厭していたが、向こうが嫌っているわけではないのなら仲良くしておいた方が足しになりそうだ。
そんな事を考えながらシュラを見ていると、ふ、と微笑んできた。
ー……なんだよ、その余裕の表情……ー
直接言ってやればよかったが、不覚にもドキッとしてしまったので声にならなかった。
ー……そういや、すぐに話題変わっちまったけど、俺を守るって何なんだよ……ー
俺もまだ考えが甘かったと言うか、純粋だった。
シュラが俺に傾けてきた気持ちの意味に気付くのは、次の6月24日が来た時である。
ーおわりー