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そこはかとなく

そこはかとない記録
2024
04,03
 αとは番にならない、シュラはもうαにはならないだろうから。その先にある未来がどんなに暗いものであろうと、それだけは貫き通したい。それくらいの強さだけは、どれだけΩに歪められようとも最後まで手放さず持ち続けたい…。

 シュラの誕生日から半年が経ちデスマスクも21歳を迎えた。サガからは何か仕掛けられる事もなく、以前と同じ聖域と隠れ家を行き来する生活。今も変わりなく自分の面倒を見続けてくれるシュラ。昔はアフロディーテと比べて付き合い難く、警戒すらしていたというのに8年も時が経てばこうも関係が変わってしまうものなのだろうか。まさか自ら好きだと、抱いてほしいと懇願してしまうほどシュラに溺れてしまうとは。そこまで曝け出したというのに、シュラだって自分のことを好きでいるはずだろうのに、決定的な言葉だけは避けてβを理由に自分の役目を淡々とこなし続けるだけ。

 初夏、ニ人だけの隠れ家。デスマスク21歳最初の発情期も終わりが近付きシュラは聖域へ戻っている。今は誰もいない。シュラが用意していった昼食を食べた後、自室へは戻らずシュラの部屋へゆっくり踏み込んで行った。ほとんど物を置いてない狭い病室のような部屋。磨羯宮のシュラの部屋とは違う。あそこにはそれなりに物が溢れていて、隅に積み上げられた畳んでいない洗濯の山とか、テーブルの端に積み上がった雑誌とか間に挟まっている書類とか…本当は片付けが苦手なのだろうと思える。隠れ家ではやる事が無いからか、もしかしたら俺がいるからなのか洗濯もちゃんと畳むし、食器類だって乾いたら収納場所へ戻している。やれば出来るのに、自宮でのだらしなさには親近感がわいてシュラのそんなギャップにすらデスマスクの心は掴まれていた。

 部屋のほとんどを占めるベッドを見つめ、息を吐いてからそっと寝転ぶ。起きた時に捲られたままのタオルケットを掴み両手で抱いた。当然のことだが何の匂いも感じない。枕に顔を埋めても、何も匂わない。夜風は涼しいかもしれないが冷房のない部屋で寝て、フェロモンとかではなく少しは汗とかシュラ自身の匂いくらい感じてもいいと思うのに…嗅覚が奪われているのかというほど何も感じない。

 諦めて起き上がったデスマスクはクローゼットに目が行った。勝手に見るなんて最低だなという思いとは裏腹に足はクローゼットの前へ向かい、扉を開ける。中を覗いて思わず「フッ」と噴き出してしまった。ハンガーにはニ着のちょっとイイ外出着が掛かっているだけで、部屋着用の服や下着は下段に置かれた籠の中に畳まず放り込まれ積み上げられているだけ。いつもデスマスクの洗濯物はちゃんと畳んで渡されるのに。
「どうせやる事無ぇなら俺のついでに畳めばいいだろ」
見えていないだけでシュラの雑さは隠れ家でも健在だった。ニヤけながらクローゼットの前に座り込み、上から一枚シャツを掴んで、畳んでやるでもなく、匂いをかぐ。
――匂わない――
 そんな事わかりきっているのに、一枚、一枚と次々出しては繰り返し、籠が空になるとデスマスク自身がシュラの服に埋もれていた。そのまま服の中に寝そべってぼんやりしていると、ふと「Ωの巣作り」を思い出した。番持ちΩが発情期を癒すために行う行為の一つで、αの匂いを求めて私物をかき集め、番が外出中はその中に埋もれて過ごすというもの。
「諦めきれない、ってぇーのか…」
シュラはαにはならないというのに。どれだけそう言い聞かせて納得したフリをしても本能が求めてしまう。
「シュラ…」
 短くて呼びやすい名前。今更だがコレって本名なのか?お前も本当の名前持ってたりするのか?この名前しか知らないから、聖闘士ではないお前の名前を知っても呼ぶ気は無いが。なんだか凄く、俺の口に馴染むんだよな…

――ただ、お互い好き合って結ばれて、二人で穏やかに暮らしたいだけなのにいつもそれが許されなくて。想いは通じているはずなのに。想いが通じても、結ばれても、直ぐに引き裂かれてそれが何度も何度も…。次こそはと未練がましく生まれて来ては、繰り返すばかり。本当に、満たされない。一緒にいれるだけでいいなんて、それだけではもう満足できないんだ。こんな俺たちを、神は何が楽しくて眺めているというのか。愛と平和の神に使えさせて、それを裏切るシナリオで、きっとまた、俺たちを突き落とすのだ…――

――……
「……デスマスク」

 耳に馴染む声に名前を呼ばれ、体が揺れた。ふ、と瞼を持ち上げると涙が溜まっていて視界がぼやける。横を向いていた体を仰向けに倒されて、瞬きを繰り返しながら目の前の黒い影を眺めていると布で目元を優しく拭われた。
「デスマスク、調子が悪くなったのか?せめてベッドに上がれ」
 視界がハッキリして自分を覗き込む顔に手を伸ばした。シュラだ。
「…帰り早くねぇ?俺寝てた?もうそんな時間?」
 伸ばした手は頬へ届く前に掴まれて、仕方なくそのまま体を起こす。その体からタオルケットではない布がハラハラと落ちていった。体を起こして床に手を付いたはずなのに、布に触れて少し滑る。
「今日は早く終わってな。お前は何か探していたのか?それにしても散らかし過ぎだろ」
 ため息を吐きながらシュラはデスマスクの体に乗る衣類を集め始めた。それはシュラの服だ。デスマスクが全部、クローゼットから引き出した…
 その様子を見たデスマスクは突然何度も首を回してシュラの部屋を見渡した。狭い部屋に散らかる衣類、そこに埋もれてうずくまっていた自分。それは、まるで…

――あんなにαの荒らし行為が気持ち悪いと言ったくせに、Ωとして全く同じ事をしている――

 そう気付いた瞬間、デスマスクは動悸がして胸を押さえた。
「おい…本当に調子が悪いのか?」
 不審に思ったシュラは集めていた服を置いてデスマスクの背中に手を添える。
「一度部屋に戻れ、連れて行ってやるから…「違う」
 抱き上げようとしたシュラを制し、息を整えてから少し震える声が響いた。
「お前、この部屋見てどう思う…」
「どう?…まぁ、やってくれたな」
「気持ち悪くねぇ?気持ち悪いよな…?勝手に部屋荒らされて…αのように…」
 そこまで聞いてやっとシュラは"あぁ…"と何かに気付き納得した素振りを見せた。集めた服の中から適当にTシャツを1枚掴んでデスマスクの前に差し出す。
「コレ、が欲しかったのか」
差し出されたTシャツを一目見て、恥ずかしさからデスマスクは顔を背けた。
「βのものでも構わないのか?αのように癒しにはならんだろう。好きならばそんな事関係無いのか?」
 シュラはデスマスクに持たせるようにぐいぐいとTシャツを押し付けた。それを振り切るようにデスマスクが声を荒げる。
「コレはいらねぇっ…!何も匂わんし何の癒しにもならねぇよっ!」
「…だよな、所詮βではな」
「そうではなくて、お前の物持つとか気持ち悪いだろ…お前、が…」
 消え入るような語尾も聞き逃さず、真っ直ぐデスマスクを見続けるシュラから軽く笑う声が漏れた。
「別に、これはΩの巣作りみたいなものなのだろ?β相手にもこんな愛情表現、可愛いことしてくれる」
「だっ…?!うるせぇ!好きだから、仕方ねぇだろ!」
「あぁ、仕方ないな。コレも、αのアレも…」
 静かに呟いて、シュラは再び散らばった服を集め始めながら言葉を続けた。
「欲しければどれかお前にやるが?」
「いらねぇよ!さっき言っただろ!こんなん、貰っても…」
「だが気になるから出したのだろ?一つくらい持っておけ」
 そんなこと言われても、わかっているのか?コレを貰って、コレがどう使われるのか…。自分でさえわからない。抱いて寝るとかそんなかわいいコトだけで終われるなんて、思えない。それこそ最低なαの行為と同じで…。βの物だから、それでも癒されなくてとことん最低な行為の道具になるとか想像つかないのか?
「好きにすればいい。俺ができるのはこれくらいだからな…寧ろ役に立つなら持っていってほしい」
 言葉にしていないのに、さすがΩを調べ上げてただけある。いやαの行為を見ていれば分かり切った事なのか。
「…コレ、ぐしょぐしょになるとか考えねぇの?」
「だから好きにしろ。返さなくて良いぞ。使えなくなったらまた何かやる」
 シュラはククッ…と笑った。例えシュラが自分に好意があるのだとしても、そんなこと気持ち悪いとは思わないのか?心からの愛があれば、受け入れられるものなのだろうか。俺の信用を得るために無理しては…いない、と思う…。嫌な事であればこんな提案すらしてこないだろう。
「…だったら」
 デスマスクの声にシュラは動きを止めて顔を向ける。
「さ…、洗ったコレじゃなくてよ…」
 手が伸びてきて、袖をクイっと軽く引かれた。
「今着てる、コレがいいんだけど…」

ーー

 デスマスクの申し出にシュラは直ぐその場で鍛錬着を脱いで渡した。受け取ったデスマスクは両手でそれを握り締めてから、何も言わず突然テレポートをして自室に戻ってきてしまった。
「…せめて、あの部屋片付けてやるべきだったな…」
 しかしまた戻るのも恥ずかしい。今のシュラなら怒ったりしないだろ。
 ベッドの上で、まだ温かい脱ぎたてのシュラの鍛錬着を抱いて横になる。さすがにこれは、ほんの少しシュラの匂いが残っているような気がする。フェロモンではない人間の匂い。
……やばい、むずむずする、かも……
 たった今の今で使ってしまうのは、あからさま過ぎて自分でも嫌だ。昔はそうだったが今、自分は欲を癒すためにシュラを利用しているのではなく本当に惚れてしまっているのだ。嬉しい。ただの鍛錬着一着だけなのに今腕の中にあることが嬉しすぎる。せっかく手にした物だから、汚さないように…。あぁ、そうか。汚さなければ…いっか…。

 上半身裸のまま部屋の片付けを終えたシュラは部屋着を掴んでシャワー室へ向かった。居間を出て階段の下で足を止める。特に上からの音は何も聞こえない。いや、耳を澄まして何か聴こえてきたら満足するというわけではないのだが。
 着ていた鍛錬着を渡した瞬間に見せた、デスマスクの蕩けた顔がずっと頭に残って離れなかった。嬉しそう、とは違う。発情期のピーク中に見せた情緒の激しい表情とも違う。キスをしなくてもただの服一着であんな顔を見せられると、もっと良い物をあげたらどうなるのだろう?そんな期待が沸いたが、普段から与えていないからこそだよなと考え階段下から足を動かしシャワー室へ入った。

 ――好きな男が自分に夢中になる姿がたまらない――
 どこまで我が儘をしても見捨てられないか試す男と、どこまで与えなくても追い続けるか試す男。ただ穏やかに愛し愛される事が叶わないゆえに歪んできた関係。βとΩとして生まれてきても切れそうにない二人の運命。何をしても切れそうにない関係は、何をすれば壊す事ができるのだろうという好奇心が少し出てしまう。デスマスクを無理矢理αに渡していたらどうなった、とか。…そんな事できるはずもないと知っているからあえて考えられるのだが。きっと、聖域が早くに崩壊するだけだろう。怒ったデスマスクがしおらしく自死するとは思えない。俺を困らせる全ての策を尽くし、聖域のみならず世界の平和を巻き込む最悪の結末だ。
「それも面白そうだが、俺の大切な男だからな…」
 好奇心はあっても本当に傷付け合うような事はしたくない。悲しい顔より先ほどのような蕩けた幸せそうな顔が見たい。いつになれば叶う?いつになれば…。早く…もう、そろそろ、良いのではないか…?オレは何を待っている?

 じわり、デスマスクを想うと疼く事が増えてきた。与えた鍛錬着をあいつはどうする?どうしている?今、抱いているのだろう?いや、抱かれているのか。αの遺物でもないアレを相手にして、フェロモンなんか無いというのに必死に縋って…。
「はぁ……デスマスク……」
 流れ続けるシャワーの中で吐息混じりに名前が溢れた。隠しても無駄だったな、お前の名前。巨蟹宮にデスマスクが現れるから、という理由だけで付けられた名前。お前自身を表すものではないと思って最初こそ呼び慣れなかったが、今はこれしか考えられない。死を覆い隠し、生まれ変わっても追い続ける姿。死を終止符として終着としない。死んだ事を隠し続けて終わりを見せない。だから俺がβであっても、あいつは諦める事など頭に無い。疲れてしまう前に一度、抱き締めてやらないと。それだけで、どんなに蕩けた顔を見せてくれるのか…。
「……ふっ……」
 沸き出た欲望は素早く流れ消えていった。目の前のタイル壁に腕を付いて、排水口を眺める。ずっと意識することなど無かったというのに、ただ吐き出すだけの行為でもデスマスクの事を考えるようになっていた。裸を考えるまでもなく果ててしまえる自分に可笑しくなる。以前、デスマスクから仕掛けられた些細な切っ掛けにこうも影響を受けてしまうとは。
 サガがデスマスクの様子を見続けるのはいつまでだろう。自分の中でずっと秘めていた愛おしさが、こうして欲となり溢れるようになってきている。それよりもっと強い執着が奥底で燻っているのを時おり感じる。知らない景色と知らない自我がデスマスクを渇望してくるようで。それはまるで、敵が自分の中にいるような…。αの、ような…。

ーつづくー

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